約 1,746,407 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9092.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第二十八話「その名は春奈」 サーベル暴君マグマ星人 侵略宇宙人ナターン星人 登場 『はぁッ!』 「うりゃあッ!」 マグマ星人のサーベルと、デルフリンガーの刃がぶつかり合う。二人の刃が重なり、激しい金属音が鳴った。 『ふんッ! はぁッ!』 「くッ!」 一旦互いに剣を下げると、マグマ星人がサーベルをピュンピュン鳴らして振り回し、才人に 斬りかかる。才人は斬撃の連続を、デルフリンガーで受け止める。 『はぁぁぁッ!』 次は、サーベルの連続突きが押し寄せる。それも、デルフリンガーで耐えしのいだ。 『今だ相棒ッ!』 「せやッ!」 連続突きの合間のかすかな隙を見つけたデルフリンガーが合図を出すと、才人が水平切りを繰り出した。 マグマ星人は咄嗟に首を引いたが、切っ先がかすめて頬に赤い線が走った。 『何ッ!? 地球人の分際で俺様の攻撃を防いだばかりか、一太刀浴びせるとは……小癪なッ!』 マグマ星人は切られた頬を撫でて歯ぎしりした。才人はルイズと春奈を背にしたまま、 マグマ星人へ啖呵を切る。 「ただの地球人じゃねえぜ! 俺はゼロの使い魔だ! お前みたいな宇宙のゴロツキに、 ルイズたちには指一本だって触れさせるもんか!」 「サイト……!」 ルイズは才人の背中に熱い視線を向ける。 『ほざけ! これでも食らいなッ!』 マグマ星人は後ろへ跳んで才人から距離を取ると、弧を描くようにサーベルを振り上げてから、 先端を才人へ突きつける。 するとサーベルから、ビームが発射された。 「うわッ!?」 「あぢぃッ! おい、そりゃねえだろ! ちゃんと剣で勝負しろよ!」 突然のビーム攻撃を、才人はデルフリンガーを盾に防いだ。熱がったデルフリンガーが 文句を言ったが、マグマ星人はもちろん取り合わない。 『もう一発だ!』 二発目のサーベルビームを放つマグマ星人。その時、デルフリンガーが叫んだ。 「跳べ相棒!」 言われた通り、才人が跳躍する。ビームは彼の立っていた場所に命中したが、才人はそれを 跳び越えた。そしてそのままマグマ星人へ接近し、太刀を浴びせる。 「でやぁぁぁーッ!」 『何ぃ!? ぬあぁぁぁッ!』 顔面に剣をもらったマグマ星人が顔を押さえ、激しくうめいた。 マグマ星人はいくつもの星を侵略した恐ろしい侵略者だが、実は直接的な戦闘技術はそれほど 優れたものではない。地球に侵略に来た者は、既に宇宙空手の達人ではあったが、実戦経験のなかった 駆け出し戦士の頃のレオに圧倒された程度の腕前だった。今才人が戦っているマグマ星人も、 剣の腕はそこまでではないようだ。 このまま押せば行ける、と思った才人は、マグマ星人に追撃を掛けようとする。と、その時、 マグマ星人が叫んだ。 「ナターン星人! 出て来いッ!」 「相棒! 左だ!」 デルフリンガーが警告してくれたお陰で、才人は林の中から飛んできた光弾を回避することが出来た。 「新手か!」 才人とルイズが光弾の飛んできた方を振り返ると、木々の間から、奇妙な形状の光線銃を 手に持った、頭部のヒレや脚のつけ根の膨らみで横幅の広い印象を与える、光線銃に負けず劣らず 奇妙な外見をした宇宙人が現れた。 「マグマ星人の仲間……宇宙人連合の一員か!?」 才人が問うと、新手のナターン星人は肯定した。 『その通り。我らの計画のために、その娘は回収する。そのためには、邪魔者には消えてもらおう!』 才人はナターン星人の光線銃と、マグマ星人のサーベルを二方向から向けられる形になった。 「二人掛かりってか。さすが悪モンは、やることがこすいねえ」 デルフリンガーが挑発の言葉を掛けると、マグマ星人が開き直った。 『黙れ! 何をしようと、勝負は勝った奴の勝ちなのさ! さぁ行くぞぉッ!』 マグマ星人の合図で、サーベルと光弾が同時に迫る。 「やぁぁッ!」 それを前にして、才人は気合いの雄叫びを上げると、片手で握ったデルフリンガーでサーベルを弾き、 光弾をよけると空いた手でガンモードのウルトラゼロアイを抜いて、ナターン星人の手から光線銃を 弾き飛ばした。 『おのれ! 脆弱な地球人の分際でぇッ!』 攻撃が失敗したことに激昂したナターン星人が一気に巨大化し、50メイル級の巨人と化した。 それを目にして、才人は即座にウルトラゼロアイを顔に装着した。 「デュワッ!」 才人の姿が一瞬でウルトラマンゼロのものに変わり、ナターン星人と同等の身長まで巨大化した。 『ナターン星人、勝手に巨大化しやがって……!』 「あッ! 待ちなさい!」 取り残されたマグマ星人は、二人の戦いに巻き込まれてはたまらないとばかりに林の中に 飛び込んで姿を消した。ルイズが阻止しようと腰を浮きかけたが、すぐ傍らの春奈の存在を 思い出し、足を止めた。 一方で、巨大化したゼロとナターン星人はじりじり弧を描くように動いて、間合いを測り合っている。 その中で、ナターン星人が言い放つ。 『ウルトラマンゼロ、邪魔立てはさせんぞ! ナターン星の正義のために、娘もこの星も我々が頂く!』 その言葉を聞いて、ゼロが怒鳴った。 『ふざけるな! 人をさらって、大事なもんを奪って、何が正義だぁッ!』 それを皮切りに、ゼロとナターン星人が同時に肉薄した。 『おらぁぁぁッ!』 『ぐふッ!?』 ナターン星人のパンチをいなしたゼロの連続パンチが、ナターン星人に決まった。 『せいッ!』 『ぐはぁッ!』 更にみぞおちに正拳突きが入り、ナターン星人は大きく吹っ飛んだ。 『おのれぇ……食らえッ!』 胸を抑えたナターン星人は両腕を前に突き出し、怪光線を発射した。ゼロが光線に晒される。 しかし光線は、ゼロの交差した簡単に腕に受け止められた。 『ひッ!?』 それに怖気づいたナターン星人は背を向け、一目散に逃げ出そうとする。だがゼロは、 卑劣な侵略者をみすみす逃したりはしない。 「シェアッ!」 投擲されたゼロスラッガーが、ナターン星人の背面から腹部へと貫通した。 『ぎゃああああああああああああッ!!』 ナターン星人が断末魔を上げて、粉々に爆散した。 『この俺がいる限り、侵略者なんかの好きにはさせねぇぜ。……にしても、あの娘は一体何なんだ? どうして宇宙人連合に狙われてるんだ……』 ナターン星人を破ったゼロはマグマ星人も探すが、マグマ星人は既に林の中に身を隠していたので、 発見することは出来なかった。仕方なく、変身を解除して才人に戻っていった。 『ちッ……ナターン星人、役に立たねぇ奴だ』 林の中に身を潜めているマグマ星人が、ゼロにあっさり敗れたナターン星人に大きく舌打ちした。 だがすぐに気を取り直す。 『だがまぁいいか。「接触」自体には成功したんだ。これからが見物だ……』 一人ほくそ笑むと、背後へ跳ぶ。その身体がスパークに包まれて、林の中から消え去った。 マグマ星人とナターン星人を撃退した後、ルイズと才人は春奈をこっそりと魔法学院へと連れ帰った。 本来なら、無断で平民を学院に入れるなど許されないことだが、宇宙人たちに目をつけられている以上、 他の場所に預けるのは危険すぎるので、それを承知の上で自分たちの手元に置くことにしたのだ。 「ふ~ん……で、この女の子がその宇宙人連合に狙われてたって娘か」 人目を盗んで運び込んだ場所は、ルイズの部屋。ベッドに寝かせた春奈を、五人の人間が見つめている。 内二人は部屋の主のルイズと、同居人才人。三人目はシエスタで、四人目は人間大のミラーナイト。 彼が春奈の容態を診ている。 そして最後の五人目で、椅子の上であぐらをかいてつぶやいたのが、元アルビオン王国皇太子のウェールズ。 ……だが、今の中身はグレンファイヤーだ。亡骸をヤプール人に利用され、奇跡的に命が蘇りながらも 二度目の死を迎えようとした彼をグレンファイヤーが、一体化することにより消えかかった命を繋いだのだ。 しかしウェールズの意識までは戻らず、完全に蘇生する時までグレンファイヤーが代わりに活動をしているという訳である。 この状態の呼び名は、さしずめグレンウェールズといったところか。 グレンは普段「さすらいの傭兵」を自称して、人間の時は各地を回りながら荒事に首を突っ込んで 日銭を稼ぎ、怪獣が現れた時にはグレンファイヤーに変身して怪獣退治をこなす日々を過ごしている。 だが今のように、ウルティメイトフォースゼロで相談事がある時などは、ミラーナイトの作る鏡の道を通って、 ルイズの部屋に集結することにしているのだった。 「で、ミラーちゃん。肝心のその娘の具合はどうなんだ? さっきから目を覚まさねぇけどよ」 グレンが軽薄な口調でミラーナイトに尋ねかける。見た目はウェールズなので、ルイズと才人は その彼がグレンの口調でしゃべることに未だに強い違和感を覚えていた。 『見た限りでは、特に異常は見当たりませんね。恐らく、疲労が溜まってるだけだと思います。 しばらくしたら目を覚ますでしょう』 「そっか……良かった」 ミラーナイトの回答を聞いて、才人がほっと息を吐いた。それからゼロが声を上げる。 『しかし驚いたな。才人以外の地球人がここにいることもだが……それがよりによって、 才人の知り合いだったなんて』 才人は皆に、春奈が故郷にいた時のクラスメイトだということを話した。それを耳にして ルイズとシエスタが奇妙な反応を示して、今も何だか春奈を警戒しているように見えるのだが、 才人にはその理由が皆目分からなかった。 一方で、ウルティメイトフォースゼロは春奈のことについて話し合う。 『宇宙人連合にさらわれ、今も狙われている少女が、サイトの友人とは……これは偶然なのだろうか?』 『偶然にしては、出来過ぎてますよ。どうして宇宙人連合が、わざわざチキュウの人間を こちらの世界に連れてきたかも、理由が見当つきません。もしかしたら、ゼロと一体化している サイトを脅迫しようと、近しい人間を誘拐してきたのかも……』 「ちッ! 相変わらず侵略者ってのは、胸くそが悪くなることばっかするな! また現れやがったら、 ただじゃ置かねぇぜ!」 『何にせよ、この娘をあいつらに渡す訳にはいかないぜ。俺たちでしっかりと守ってやろうぜ、才人』 ゼロの呼びかけにうなずく才人。と、ルイズが妙に慌てた様子でゼロに尋ねかける。 「ち、ちょっと待って。守るって……この娘をずっとわたしたちのところに置いておくつもりなの?」 『当たり前だろ。侵略者が狙ってるんだ。俺たち以外のとこで安全な場所なんてない。鏡の世界や ジャンボットのコックピットにいつまでも置いとく訳にもいかねぇし、グレンの旅に女の子がつき合うのも 無理だろうしな』 「だな。俺は喧嘩に首突っ込む毎日だしな」 ゼロの言葉にウンウンうなずくグレン。だがルイズはゼロに食い下がる。 「で、でも……そう! 何もわたしたちのところに置いとく必要はないじゃない! ゼロは 世界を移動できるんでしょ? それで元の世界に帰してあげればいいんじゃないかしら!」 「それです! 見知らぬ土地にいさせるよりも、そうした方がずっといいですよ!」 シエスタも慌てた様子でルイズの意見に賛同した。しかし、肝心のゼロがうなり声を上げる。 『確かにそうしてやるのが一番だろうが……そいつは無理だぜ』 「ど、どうしてよ」 帰すことが出来ない理由を説明し出すゼロ。 『別の宇宙へ移動する、なんて言うのは簡単だが、実行には莫大なエネルギーが必要だ。 ウルティメイトイージスを以てしても、一度移動したらエネルギーを使い果たして、 しばらくは使えなくなっちまう。それで今ハルケギニアは、侵略者とヤプール人に狙われてる。 そんな状況で、俺が数日でもここからいなくなる訳にはいかねぇ』 狡猾なヤプール人のこと。ゼロが不在と分かったら、すぐに何かしらの行動に出るだろう。 敵につけ込ませる隙を作って、ハルケギニアの人々を危険に晒す訳にはいかない。 「だったら、向こうに送り届けたらすぐに引き返せばいいんじゃ……」 『それも考えたけどな。到着場所は細かく設定することは出来ない。俺がついてなきゃ、 宇宙に放り出すことになっちまう。地球人は宇宙空間じゃ、生身じゃ一秒だって生きてられねぇんだよ。 こっちから向こうに連絡を入れて、春奈を受け止めてもらうことも出来ないしな』 ルイズは前に、ゼロに宇宙まで連れていってもらったことを思い出した。あの時も同じことを 言っていたし、自分は終始バリアで守られていた。 春奈を今すぐ帰すのはどうにも無理そうだとルイズらももう理解したが、更にミラーナイトが ゼロの後を引き継ぐ。 『それに、敵が彼女をつけ狙う理由を取り払わない限り、仮に帰したところでまたさらわれるのが 目に見えてますよ』 「分かったわ……。わたしたちで面倒見る以外にないのね。はぁ……」 敵のたくらみをくじかないことには、どの道春奈を帰すことが出来ないとなったので、 ルイズはため息を吐いた。そこに、グレンが励ますように声を掛ける。 「そんな嫌がるなって。もうサイトと同居してるんだろ? だったら二人も三人もそう変わらねぇだろ」 「……そうじゃないんだけど……」 だがルイズは意気消沈したままだった。その理由が分からず、グレンは仲間たちに問いかける。 「なぁ、何でルイズはあんなに嫌そうなんだ? 同じ女なんだから、むしろサイトよりも 気兼ねなくつき合えると思うんだけどよ」 『さぁ……何でだろうな』 『私の電子頭脳でも、答えは出てこない。人の心は難しいものだな……』 ゼロもジャンボットも、才人も首をひねる。それを横目で見たミラーナイトが肩をすくめる。 『ウチのチームメイトは、朴念仁ばかりですねぇ……』 とその時、ずっと寝ていた春奈が不意に声を漏らした。 「う……ううん……」 『いけない、彼女が目を覚ましそうだ。グレン、撤収しますよ』 「え? 何でだよ? そりゃミラーナイトは姿が姿だし、ビックリさせちまうかもしれねぇけど、 今の俺は人間の姿なんだぜ。見られても大丈夫だと思うけど?」 グレンが不思議そうに尋ね返すと、ミラーナイトは呆れて肩を降ろした。 『確かにそうですけど、あなただって学院の人間じゃないでしょう。侵入しているところを 部外者に見られたら、後々面倒なことになるかもしれないじゃないですか』 「あッ、そっか。じゃあしょうがねぇな。俺もこいつの様子を見てたいんだけどなぁ……」 『私が鏡を通して見せてあげますよ。それより急いで。もう目を覚ましそうです』 ミラーナイトに急かされて、グレンは立ち上がって姿見に向かう。 「そんじゃあお前ら、また後でなー」 ミラーナイトが鏡の中に入ると、グレンも手を振りながら後に続いた。二人が退散すると、 春奈が目を開いて、ひと言つぶやいた。 「み、水……」 「水だって。シエスタ、飲ませてあげなさい」 「は、はい。どうぞ」 ルイズの命令で、シエスタが春奈を起こし、コップ一杯の水を飲ませてあげた。 「ありがとう……ここは……?」 春奈は辺りを見回し、尋ねかけた。自分の置かれている状況が把握できないのだろう。 そこでルイズが簡単に説明する。 「ここはトリステイン魔法学院よ。分かる? あなたは、道端で倒れてたところをわたしたちが 見つけて、ここに運んであげたの」 「あ、そ、そうだったんですか。すいません、ありがとうございます」 春奈が礼を述べると、才人が質問をする。 「ねぇ、君はもしかして、高凪春奈さん?」 「え? 私のことを知ってる? ……もしかしてあなた……平賀才人くん?」 驚いて才人に振り返った春奈は、その顔を見て聞き返した。才人はすぐに首肯する。 「ああ、俺、平賀才人。高凪さんお久しぶり」 才人だと分かるや否や、春奈は一気に顔を輝かせた。 「嬉しい……。こんなところで会えるなんて! 平賀くんッ!」 「うわッ!?」 涙を目尻に湛えると、いきなり才人に飛びついた。突然のことで、才人は押し倒される。 ルイズとシエスタは仰天した。 「た、高凪さん!? 何を……?」 「私、いきなり宇宙人に捕まって、知らないところへ連れてこられたの。何とか隙を見て 逃げ出したんだけど、外も全然知らないところで、すっごく心細かった……。でも、まさか 平賀くんに会えるだなんて! すごく嬉しい!」 才人に力一杯抱きつく春奈に、ルイズが癇癪を起こして怒鳴りつける。 「な、なに、何でいきなりわたしの使い魔に抱きつくのよ! 離れなさい!」 すると春奈は、ルイズに胡乱な視線を向けた。 「使い魔? 使い魔って何ですか? 平賀くんはれっきとした人間です! それを使い魔呼ばわりだなんて、 あなたこそ何者ですか!?」 「うッ!」 怒鳴り返されるとは思わなかったルイズが一瞬ひるむが、気を取り直して春奈に説明する。 「わ、わたしはラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 魔法学院の生徒よ。サイトはわたしが使い魔を召喚する魔法で呼び出して、契約を交わしたの。だから、 サイトは人間だけどわたしの使い魔なの。ほら、左手に使い魔の印があるでしょ」 「……それは分かりました」 春奈はハルケギニアの知識をある程度は持ち合わせているようで、ルイズの説明を理解した。 が、すぐに反論を続ける。 「分かりましたけど。あなたに、私が平賀くんに抱きつくのを邪魔する権利はありません!」 「なんですってえ!?」 「平賀くんは、私がこの世界に来てから初めて会った、ただ一人の知り合いなんです。再会を喜んで、 何でいけないんですか!?」 「い、いけなくはないけど、表現方法に問題が……」 「抱きつくことの何がいけないんですか? 自分の使い魔に誰かが抱きついただけでそんなに 怒るなんて、変です!」 ルイズに一歩も退かずに口論を繰り広げた春奈は、才人に笑顔で振り返る。 「それに私のことは春奈と呼んでくれていいですよ、平賀くん」 「あ、ああ……。春奈ね……」 「な……!」 春奈に押されてタジタジな才人。もっと目くじらを立てるルイズ。 その一方で、シエスタがキラリと目を光らせた。 「……そうですね。確かに、サイトさんに誰が抱きついてもいいはずですよね」 と言うと、素早く春奈から才人を奪い取り、自分の胸元に寄せた。 「ふえッ!?」 「はい、こんな風に!」 「な、な、な!?」 目を白黒させるルイズ。春奈はシエスタに対抗心を燃やす。 「ああッ!? 勝手に平賀くんを取らないで下さい! えーいッ!」 「おうふッ!?」 シエスタと春奈に挟まれて、才人は変な声を上げた。そしてふとルイズに目をやると、 彼女は杖をわななく手で握っていた。 「サイト……。随分と、楽しそうな姿になってるじゃない……」 「い、いや、これ俺のせいじゃ……」 弁明しようにも、ルイズの怒りは既に頂点に達していた。掲げた杖がスパークする。 「この馬鹿使い魔ーッ! いい気になってるんじゃないわよおおおおおッ!」 「いい気になんてなってねえよぉぉぉぉぉ!」 ルイズの部屋で、すさまじい爆発が発生した。 「けほッ……なあにやってんだか、相棒も娘っ子も」 デルフリンガーがせき込みながら呆れ果てた。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1543.html
キュルケは戸惑っていた。パーティーと言われたからには一応の着飾りはしたが、だからと言って酒を飲んではしゃぐような気分にはなれそうにない。周りを見渡して、彼女はひっそりと溜息をついた。 アルビオン王党派最後の牙城、ニューカッスル城。パーティーはそのホールで行われていた。上座に設置された簡易の玉座に腰掛けて、国王ジェームズ一世は老いた双眸を細めて集った臣下を見守っている。貴族達はまるで園遊会であるかのように豪奢に着飾り、テーブルの上にはこの日の為に取っておかれたと思しき様々な御馳走が並んでいた。キュルケでさえ滅多に御眼にかかれないほど華やかなこのパーティーに、燃え尽きる寸前の蝋燭の炎のような儚さを覚えて、キュルケはたまらなく虚しかった。 しかし、それにも増してキュルケを当惑させたのは、ルイズ達仲間の行動だった。ルイズは悲しげな顔一つ見せず、話し掛けてくる貴族達と微笑んで会話を交わしている。ギーシュは沈鬱な顔をしている女性の元へ駆けて行っては、彼女達を笑わせていた。タバサはいつも通りの無口だが、同好の士であるのか十数人の貴族達と共にはしばみ草のテーブルを囲んで会話に興じている。ワルドも また如才なく笑顔を浮かべて挨拶に回っていた。そしてあのギアッチョまでもが、貴族達に勧められたワインを嫌な顔一つせず飲んでいた。 ――どうしてそんな顔が出来るのよ……! キュルケにはさっぱり理解が出来なかった。貴族達にも、悲痛な顔をしている者は誰一人としていない。悲しんでいるのは自分だけだとでも言うのだろうか。まるで自分だけが仲間外れのようで、キュルケはいたたまれない気持ちになった。 キュルケはもう部屋に戻ってしまおうかと思い始めたが、その時彼女の後ろから声がかかった。 「何やってるのよ、キュルケ」 キュルケは反射的に身体を捻る。腰に手を当てて、困ったような顔でルイズが立っていた。 「一人でどうしたのよ キュルケらしくないじゃない」 「……らしくないって、そりゃこっちの台詞よ」 キュルケは疲れた眼をルイズに向ける。 「揃いも揃ってどうしたのよあなた達 何でそうやって笑っていられるわけ?さっぱり解らないわ!」 無理やりにワインを飲み干して、キュルケは首を振った。 「明日全員死ぬのよ?あなた達それが分かってるの?」 「分かってるわよ」 「だったら……!」 理解出来ないという感情が、キュルケに怒りを感じさせる。珍しく声を荒げるキュルケに、ルイズはどこか優しげな声を掛けた。 「キュルケ」 「……何よ」 「明日全滅するなんてこと皆分かってるわ だけど彼らには死して何かを為す『覚悟』がある だったらわたし達がするべきことは、嘆き悲しむより彼らと一緒に笑うことよ」 わたしはそう思うわ、と静かに言うルイズをキュルケはハッとした顔で見直す。 「――…………そう……よね」 何を勘違いしていたのだろう。彼らの為の涙など、もはや溺れてしまう程に流されているに決まっているではないか。今彼らが 欲しいものは涙か?同情か?答えはきっと違うはずだ。 キュルケはもう一度彼らを見渡す。明日死ぬ身とも思えぬ笑顔で、彼らは穏やかに談笑していた。その笑顔に一片の曇りもないことを、キュルケはようやく理解する。その葛藤も覚悟も理解して、ただ笑って彼らを見送ること。彼らアルビオン王家最後の戦士達が欲しいものは、きっとそれだけなのだ。キュルケは薄く笑って首を振る。 「……まさかあなたに諭されるなんてね」 「しっかりしなさいよ、キュルケ」 キュルケを悪戯っぽく見上げて、ルイズは彼女に応えた。 衣装を整えながら、キュルケは「それにしても」と呟く。 「ルイズ……あなた変わったわね」 「……そう?」 きょとんとした顔をするルイズを見遣って、キュルケは笑う。 「以前のあなただったら、早々にここを抜け出して一人で泣いてたでしょうからね」 「なっ……それはあんたでしょ!肖像画に描かせてやりたいぐらいの顔してたくせに!」 などと言い返しながらも、ルイズは何かを考え込むような仕草をした。 その格好のまま、ルイズはぽつりと口にする。 「…………そう、かも知れないわね」 片手に持ったワインに口をつけて、ルイズはホールに眼を向けた。 中央近くでウェールズと言葉を交わしている男を見つけて、ルイズは嬉しいような困ったようなよく分からない顔をする。 「……感化されたのかしらね あいつに」 「……ギアッチョ、ね……」 キュルケはルイズに習ってホールの中央に眼を向ける。 不思議な男だった。所構わずキレる暴れる、殺人に躊躇すらない無愛想な平民。なのにルイズは、そしてギーシュやタバサまでが彼に何らかの影響を受けているように思う。恋愛感情ではないが、 キュルケもまたギアッチョにどこか惹かれている自分を感じていた。 有体に言えば――友情、だろうか。それとも、 ――友愛……かしらね? キュルケは腕を組んで呟いた。 学院の教師達よりも遥かに頼りになる男。それが彼女達の共通した認識だった。しかしそれでいて、ギアッチョには何故だか危うげな所がある。頼れる仲間であると同時に、キュルケにとってギアッチョはどこか心配になる友人だった。もっとも、友人とはこっちが、というか殆どギーシュが一方的に名乗っているだけの話だったが。 ――やれやれ……こっちのラブコールが届く日は来るのかしらね ギアッチョが自分達に自身のことを話す日は、果たして来るのだろうか。ギアッチョと共にいればいるほど、彼の正体が知りたくなる。 もしもギアッチョが口を開く時が来るのならば、それはきっと自分達を友人として認めてくれた時なのだろうとキュルケは思った。 「……ところで……あの、キュルケ」 「え?あ……何?」 思考に没入していたキュルケは、その声で我に返った。ルイズに眼を遣ると、彼女は何だか不安そうな顔で自分を見ている。 「…………その ラ・ロシェールで…………どうして、助けてくれたの?」 「へ?……え、えーと、それは……」 あまりにストレートなルイズの質問に、キュルケは思わず焦った。 今までのルイズなら、「誰が助けてくれなんて言ったのよ!」で終わりだったはずだ。やっぱりルイズは変わったと、少々混乱気味の頭でキュルケは考えた。 「…………か、考えてみれば ギアッチョを召喚した時も、キュルケが真っ先に……た、助けてくれたじゃない……?フーケの時だって……」 不安げな眼で二十サント近く身長の違うキュルケを見上げて、ルイズはおずおずと問い掛ける。 「……どうして?」 「ど、どうしてって……当たり前でしょ?あなたはと……」 「と?」 友達、と言いかけてキュルケはハッと我に返った。 「う……と……と、当代きってのライバルなんだから!」 ――あ……危ない危ない ギーシュに影響されてたわ…… 初めて自分に向けられたルイズのしおらしい言動に混乱していたキュルケは、何とか自律を取り戻した。心でほっと溜息をついてルイズに向き直ると、彼女は少し俯いているように見える。 「……そうよね わたし達、宿敵だものね……」 ――う………… しん、と二人の間が静まり返る。今まで何度も言ってきた言葉のはずなのに、キュルケは何故だかどうしようもなく胸が痛んだ。 「宿敵」というたった二文字の言葉がこれほどまでに心を抉るものだとは、今まで思いもしなかった。 優しい言葉の一つも掛けてやりたかったが、プライドと家名に邪魔をされて、キュルケは何を言うことも出来なかった。 自分もルイズと同じだということに、キュルケはようやく気付く。 二人を嘲笑うかのように続く静寂が痛い。今すぐそれを打ち消したくて、キュルケは思わず言ってしまった。 「……そうよ、こんなところで死なれちゃあなたの恋人を奪う楽しみがなくなるもの …………さ、私はパーティーを盛り上げて来るとするわ 格の違いを教えてあげるからよく見てることね」 捨て台詞のようにそう言って、キュルケはルイズの返答も聞かずに歩き出した。背中に感じるルイズの視線を振りほどくように、キュルケは足早に去ってゆく。歩きながら、キュルケは思わず胸を抑えていた。いつもと同じ売り言葉のはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろうか。答えに気付かない振りをして、キュルケはパーティーの人ごみに姿を消した。 わたしは馬鹿だ、とルイズは思う。自分は一体キュルケに何を言って欲しかったのだろう。ヴァリエールとツェルプストーとして、同じ一人の人間として今まで散々いがみ合ってきたキュルケに、今更何を言って欲しかったのだろうか。 ――馬鹿よ、わたしは…… わたしとキュルケは永遠に宿敵同士……それ以外に、わたしを助けるどんな理由があるというの? ルイズは俯いて片手のワインに眼を落とす。「宿敵」という言葉の重みを、彼女もまた痛い程感じていた。 ポロン、と澄んだハープの音が響く。耳慣れないその音に、ルイズは思わず顔を上げた。 「……キュルケ」 ジェームズ一世の御前でハープを奏でているのは、他ならぬキュルケであった。己に集う幾百の視線を物ともせずに、キュルケは優雅にハープを弾いている。その旋律の美しさに、ルイズは眼を見張った。普段の彼女からは想像もつかない繊細な手つきで紡がれる音色に、この場の誰もが聞き惚れていた。 「これはなかなか、大したものだね」 隣から見知った声が聞こえて、ルイズはそっちに顔を向ける。 ワインを傾けながら、ワルドがそこに立っていた。 「ワルド」 「彼女にこんな特技があったとはね…… それに面白い弾き方をする静かな曲だというのに、どこか情熱的だ」 ルイズは改めてキュルケを見る。正しくワルドの言う通り、キュルケの演奏には繊細さと情熱が渾然一体となって現れていた。まるでキュルケ自身を表したかのようなその音色に、いつしかルイズも瞳を閉じて聞き惚れていた。 万雷の拍手に包まれて演奏を終えたキュルケを見届けてから、ワルドはルイズに向き直った。 「ルイズ 今、少し話せるかい?」 「ええ……どうしたの?」 ワルドは真剣な顔でルイズの瞳を覗き込む。 「ウェールズ殿下が式を挙げてくれる…… 明日、結婚しよう」 「え…………」 ワルドのプロポーズに、ルイズはワイングラスを取り落としそうになった。何だかんだで結論を先延ばしにしているうちに、ルイズは結婚の話などまだまだ先だといつの間にか思い込んでいたのである。ワルドは既に明日の挙式の媒酌をウェールズに頼んでいるらしい。つまり、これ以上話の先送りは出来ないということになる。 いきなり決断を迫られて、ルイズはしどろもどろで返事をした。 「え…………えっと、その……わ、わたし……」 「いきなりで驚かせてしまったかな しかしどうしてもあの勇敢な皇太子殿に、僕らの婚姻の媒酌をお願いしたくてね」 ワルドはそこで言葉を切って、ルイズの両肩に優しく手を置いた。 「愛しているよ、可愛いルイズ 君は僕を都合のいい男だと罵るかもしれない だけどルイズ、君を前にして自分の気持ちを偽ることなんて僕には出来ないんだ」 ルイズから一瞬たりとも眼を逸らさずに、ワルドは堂々として言う。 「……受けてくれるかい?僕のプロポーズを」 「……ワルド、わたし……」 ルイズは強制的に、思考の海に引き戻された。どうして快諾出来ないのか、どうしてギアッチョが心に引っかかるのか。蓋をしていた疑問が、再びルイズの中で回りだした。自分はワルドが好きではないのだろうか?いや、それは違う。ワルドのことは好きだ。好きなはずだ。 幼い頃からの憧れは、今だって消えてはいないのだから。 ワルドとの婚姻を拒否すれば、父や母は悲しむだろう。しかし結婚してしまえば、ギアッチョはどうなるのだろうか。同じ部屋に暮らすというわけには勿論いかないだろう。それどころか、気軽に会うことさえ出来なくなるかもしれない。未だウェールズと話し合っている彼に、ルイズはちらりと眼を向けた。 ――だけど………………きっと、そのほうがいいんだわ 少し悲しげに眼を伏せて、ルイズは独白する。 この旅で解ったことがある。ギアッチョの心は、未だに暗殺者のものなのだ。彼は常に敵を殺すつもりで戦っている。ワルドとの決闘でさえも、一度はワルドの首を薙ごうとしていた。恐らくそれは、半ば以上に無意識の行動なのだろう。ギアッチョにとっては、敵は殺すものであり、攻撃は命を絶つ為のものに他ならない。そして、ギアッチョはもはやそういうことを意識すらしていないのだ。刃を使うなら首を、臓腑を、腱を断つ。拳を使うなら眼を狙い喉を潰す。 急所以外の場所を狙うという選択肢は、そうする必要がある時初めて現れる。神経、細胞の一つに至るまで、彼の心身は未だ暗殺者のそれに他ならなかった。 しかし、彼はもう暗殺者ではないのだ。いずれイタリアへ送り返す日が来るとしても、その地でさえ彼は暗殺者「だった」男に過ぎない。 ルイズはこれ以上、彼に血に塗れた道を歩かせたくなどなかった。 もう十分じゃない、とルイズは呟く。ギアッチョ自身がそう思っていなくとも、殺人という行為は確実に彼の心を蝕んでいる。 出来ることなら、ギアッチョには平穏に暮らして欲しかった。 だが、自分と一緒にいればまた今回のような事態が起こるかもしれない。自分と――いや、メイジと関わり続ける限り、争いと無関係ではいられないのではないか。ならば、とルイズは思う。 ならば、自分とはもう一緒にいないほうがいいはずだ。ギアッチョにはマルトーやシエスタ達がいる。彼らと共に生きることこそが、ギアッチョにとっての幸福なのではないだろうか。 出来ることなら、ギアッチョにはずっと傍にいて欲しい。しかし、それがギアッチョを殺人へ向かわせるというのなら。 スッと顔を上げて、ルイズははっきりとワルドに答えた。 「……喜んで、受けさせてもらうわ」 パーティーは和やかなムードのまま幕を閉じた。宴の始末をしているメイド達の他には殆ど人のいなくなったホールで、ギアッチョ、キュルケ、タバサの三人は、眼を回して床に倒れているギーシュを呆れた顔で見下ろしていた。 「…………うっぷ……」 どうやら調子に乗って飲みすぎたらしい。ギーシュは真っ青な顔を気持ち悪そうに歪めている。 「あなた船の上から酔いっぱなしじゃない しっかりしなさいよ」 「ふぁい……調子に乗りすぎまひた……っぷぁ……」 キュルケは溜息をついて隣の二人を見遣る。 「……ねぇ、これどうするの?こんなの担いで行きたくないわよ私」 「しょうがねーな……凍らせて転がすか」 「ええっ!?二つ目の選択がそれ!?」 「せめてもっと人間らしい方法を」と言うギーシュと「今のてめーは家畜以下だ」と言うギアッチョ達の間で、結論はなかなか出なかった。 いい加減業を煮やしたギアッチョはもうここに放置していくかと言いかけたが、その時タバサが何かを考え付いたように顔を上げた。 「待ってて」 と短く口にしてどこかへ行ったタバサが持って帰ってきたものは、ご存知はしばみ草のサラダだった。小皿に山のように盛られたそれを、タバサは構えるように掲げ上げる。ギーシュは真っ青な顔から更に血の気を引かせてあとずさった。 「……あはははは……じょ、冗談がキツいねタバサは…… その量は明らかに致死量を超えウボァーーー!!」 タバサの右手に構えられた毒物はギーシュの口に裂帛の気合と共に叩き込まれ、ギーシュは見事な放物線を描いて再び頭から倒れ落ちた。 ウェルギリウスと名乗る男に連れられて辺獄から氷結地獄までたっぷり地獄観光をした後で、ギーシュの意識はようやくハルケギニアへ帰ってきた。 「ハッ!?ハァハァ……こ、ここは一体!?あの悪魔は!?」 冷や汗をダラダラと垂らしながら怯えた様子で周囲を見渡すギーシュに、キュルケはこめかみを押さえてタバサを見た。 「……タバサ」 「何」 「やりすぎ」 「……修行が足りない」 「ところで君達聞いたかい?」 はしばみ草のおかげで酔いと共に抜けてしまった抜けてはいけないものが何とか身体に戻ると、ギーシュは何事もなかったかのように平然と口を開いた。 「何のことよ?」 三人を代表して、ややうんざりした顔でキュルケが問う。 「結婚だよ!さっきそこで子爵がルイズにプロポーズしてたんだ」 「……それホント?」 「本当さ しっかり聞き耳……じゃない、聞こえてきたんだから」 胸を張るギーシュを無視して、キュルケは簡潔に問う。 「ルイズの返事は?」 「……OK、だそうだよ 明日ウェールズ殿下の媒酌で式を上げるらしい」 その言葉に、キュルケは顔を複雑にゆがめた。 「何よそれ…… バカじゃないの?学院やめることになるかも知れないのよ!」 「ぼ、僕に言われても困るよ 本人が決めたことならしょうがないだろう?ねぇギアッチョ」 ギーシュが助けを求めるようにギアッチョに眼を向ける。いつも通りの読めない顔で一言、彼は「まぁな」と呟いた。 「何か悩んでる風ではあったがよォォ~~ それに自分の意思で答えを出したってんならオレ達に文句を言う余地はねーだろ」 ギアッチョは顔色一つ変えずにそう言うと、キュルケが言葉を差し挟む前にパン!と手を鳴らす。 「ほれ、てめーらはとっとと部屋に戻って寝ろ 追って沙汰はあるだろーが、式に出るにしろ出ねーにしろ朝は早くなるからな」 確かに、非戦闘員を乗せる船の出港は早い。睡眠を取っておかなければ、最悪アルビオンに骨を埋めることになるだろう。 まだ不服そうな顔をしているキュルケを促して、ギーシュはホールの出口へ向けて歩き出す。タバサがその後をついていくが、 「タバサ、てめーは残れ」 ギアッチョの言葉で、彼女はぴたりと足を止めた。次いでギーシュとキュルケも彼を振り返る。 「ギ、ギアッチョ まさかとは思うが君、そんな趣味が」 全てを言い終える前に、ギーシュはウインド・ブレイクで扉の外へ消え去った。 「意外と荒っぽいことするわね」 「口は災いの元」 殊ギーシュに関しては正にその通りだと思いながら、キュルケはギアッチョに顔を戻す。 「で、私達がいるのはお邪魔なわけ?」 「そうだ」 即答されてキュルケは少し驚いた顔をしたが、ギアッチョがそう言うなら仕方ないと判断して、少し唇をとがらせながらも頷いた。 「……そう言うならしょうがないわね じゃ、私達は先に戻ってるわ」 片手をひらひらと振って、キュルケはあっさりと歩き去った。 彼女が扉の向こうへ消えたのを確認してから、タバサはギアッチョを見上げて口を開く。 「……何?」 廊下に大の字になって伸びているギーシュを見下ろして、キュルケは溜息をついた。 「なんなのよ、もう……」 「ギアッチョのことかい?」 言いながらギーシュはむくりと起き上がる。 「……ルイズのことよ どうしてこんなに慌てて結婚しなくちゃいけないわけ?退学することになるかもしれないしギアッチョとも疎遠になるじゃない!」 「全くだね 薔薇は多くの人を楽しませる為にあるというのに」 「……あなたが言ってももう何の説得力もないわよ」 造花の杖をキザに構えるギーシュをジト目で睨む。なんだかバカらしくなって、キュルケは更に一つ溜息をついた。そそくさと薔薇の杖をしまうと、ギーシュは急に真面目な顔でキュルケを見る。 「……学院に居たくないということも、あるのかも知れないね」 「……え?」 「だってそうだろう?学院内に自分の味方が誰一人いない状態で、僕はむしろよくルイズがここまで頑張ってこれたと思うよ」 「そ、それは違うわ!」 慌てたように言うキュルケに、ギーシュは困った顔で笑う。 「そう、違うよ。僕達はもういつだって彼女の味方だし、先生にもルイズをなんとかしてやりたいと思っている人だっているはずさ。 だけどルイズは、きっと言わなきゃそれに気付けないんだ」 「……私は――」 「……ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい? 両家の確執は僕にも分かるよ だけどルイズはルイズで、君は君だ。そうだろう?」 答えないキュルケの瞳を覗き込んで、ギーシュは続けた。 「これが最後のチャンスかもしれない 彼女に会いにいこう、キュルケ」 キュルケは言葉もなく立ち尽くしている。ギーシュもまた、他に言うことはないという眼で、無言のままキュルケを見つめていた。 重い沈黙が場を支配する。ほんの数秒、しかしキュルケにとっては無限のように感じられた数秒の後、彼女は苦しげな顔を隠すようにギーシュに背を向けた。 「………………私は、あの子の友達なんかじゃないわ」 絞り出されたその言葉に、今度はギーシュが溜息をついた。 「……それが君の答えかい」 「事実を言っただけよ」 素直じゃないのは分かっている。意固地になっているのも理解している。だけど、認めるわけにはいかない。自分達の意思がどうあれ、自分はツェルプストーで彼女はヴァリエール。未来永劫、それだけは変わらないのだから。だから――そう、今自分がここにいるのは、ただの気まぐれなのだ。他に理由などありはしない。それが、キュルケの答えだった。 「……それじゃしょうがないな、この話はおしまいにしよう。僕一人頑張ったところでどうにもならないからね ……僕は寝るとするよ」 「え?ちょ、ちょっとギーシュ……!」 キュルケの声を掻き消すように「おやすみ」と言い放って、ギーシュはマントを翻して去っていった。 「……何よ 一人前に怒ったってわけ……?」 キュルケはその場から動けなかった。後を追うことも怒鳴ることも出来ずに、彼女はまるで叱られた子供のような顔で立ちすくむ。 綺麗な指先で赤い髪を弄って、キュルケは自分の心を誤魔化すように呟いた。 「……つまんない」 「……概ね理解した」 相変わらず小さな声でそう言うタバサを見下ろしてギアッチョは問う。 「頼めるか?」 こくりと頷いて、タバサは了承の意を表した。ついと眼鏡を押し上げて、ギアッチョは「悪ィな」と口にする。 「どうして?」 「見れねーだろ」 「……別にいい あなたが正しいなら、見る意味はない」 「ま……あくまで可能性の話だがな」 そう言うと、ギアッチョは次々に片付けられてゆくテーブルに眼を移す。 「……ここまで深く関わってんだ 任務の詳細ぐれーは教えてやってもいいとは思うんだがよォォ~~」 ままならねーもんだ、と呟くギアッチョを見事な碧眼で見つめて、タバサはふるふると首を振った。 「かまわない あなた達の立場は理解出来る」 その言葉に追従ではないリアルなものを感じて、ギアッチョはタバサに眼を戻す。どうにも不思議な少女だった。 燭台に照らされた廊下を並んで歩きながら、ギアッチョはここでも本を読むタバサを見て一つ知りたかったことを思い出した。 「……学院のよォォ~~ 図書館とやら、ありゃあ誰でも入れるのか?」 タバサは怪訝な顔でギアッチョを見上げる。ギアッチョが読書に勤しむタイプだとは、どう見ても思えなかったのだ。 「……平民は、入れない」 タバサは怒るかと思ったがどうやら予想の範囲内だったらしく、ギアッチョは一言「そうか」とだけ返事をした。 「……調べ物?」 と訊いてから、タバサはハッとした。自分はこんなことを訊く人間だっただろうか。他人に干渉しなければ、干渉されることもない。それが「タバサ」の生き方のはずだった。だというのに、自分は一体どうしてしまったのだろう。そんなタバサの胸中など知らず、ギアッチョは当たり障りのない言葉を返す。 「そんなところだ」 そこでタバサはふと思い出した。そういえば、ギアッチョが召喚されてから程なくして、ルイズが毎日図書館に通うようになったはずだ。 勤勉な彼女は今までも週に数回は勉強の為に足を運んでいたが、日参するようになってからはどうも別のことをしているようだった。 一度彼女に使い魔を送り返す方法を知らないかと訊かれたことがある。その時はギアッチョと喧嘩でもしたのだろうと思っていたが、ひょっとすると何かのっぴきならぬ事情で今もそれを探しているのではないだろうか。そう認識したタバサの理性がストップをかける前に、彼女の口は言葉を紡いでしまっていた。 「……帰りたい?」 言ってから、タバサはしまったと思った。ギアッチョは二重の意味で少し驚いたが、しかし特に追求もせず口を開く。 「――……どうなんだかな」 タバサははぐらかされたのかと思ったが、彼の表情を見るに、どうやら本当によく分からないらしい。自分の推測が当たったことよりも、今のタバサには何故かギアッチョの去就が気になって仕方がなかった。 「ルイズじゃあねーか どこに行ってたんだおめー」 ギアッチョの声で、タバサの思考は中断された。前に眼を遣ると、そこにはルイズがギアッチョに出くわしたことに驚いたような顔で立っている。 「……あ…………」 かと思うと、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり――次の瞬間、ルイズは一言も発さぬままに俯いて駆け出していた。 「ああ?」 ギアッチョが何か問い掛けるより早く、自分達の横を一目散に駆け抜けて、ルイズはそのまま回廊の薄闇に走り去った。 肩越しに後ろを覗き込んで、ギアッチョはやれやれと言わんばかりに首を振った。 「……相変わらず行動の読めねーガキだな。まだ何か悩んでやがるのか?」 パタリと本を閉じて、タバサは呟くように答える。 「……恐らくそう」 自分に眼を落としたギアッチョを見返して、タバサは「でも」と言葉を繋ぐ。 「私の考えが正しいなら、これは彼女自身の問題」 「ほっとけっつーことか?」 「私達が何かを言っても、彼女は頑なになるだけ」 フンと鼻を鳴らして、ギアッチョは再び歩き始めた。 「全然解らんが……ま、てめーがそう言うならほっとくか」 オレにもまだやることがある、と呟くギアッチョをタバサは幾分歩調を速めて追いかけた。 どこをどう走ったのかは全く覚えていない。ギアッチョと眼が合うことだけが恐くて、ルイズはただただ闇雲に廊下を走り回り――気付けば彼女は、いつの間にか自室に辿りついていた。思い切って扉を開くと、ギアッチョはまだ戻ってはいないようだった。服も着替えずにベッドに飛び込み、頭から毛布を被る。煩く鳴り響く心臓を押さえて、ルイズはぎゅっと身体を縮こまらせた。 ――何なのよ………… ルイズは自分が解らなかった。ワルドのプロポーズを受けてから、彼女の脳裏にはずっとギアッチョの姿がちらついている。頭から追い出そうとすればするほど、それは鮮明な像を結んでルイズの心を責め立てた。理由なんて知らない、分からないとルイズは己に言い聞かせるように繰り返す。 しかし、この胸の苦しさだけはどうしても誤魔化せなかった。廊下で偶然ギアッチョと出くわした時、ルイズは思わず何かを叫んでしまいそうで――反射的に、逃げ出してしまった。 ――……最低…… ぽつりと呟いて、ルイズは深く眼を閉じた。 今は眠ろう。明日になれば、きっと忘れられる。だから、今はただ眠ろう。 しかし、意志に反して――彼女は一向に眠れなかった。 屋上の見張り台から、ギアッチョは一人地上を見下ろしていた。 「……流石に冷えるな」 雲の上の更に上を、風が容赦なく吹きすさぶ。チッと舌打ちして、ギアッチョは視線を前方に向けた。双つの月が、見渡す限りの雲海を煌々と照らしている。 「絶景かな、ってぇやつか」 身を投げたくなる程の美しさだった。チームの奴らにも見せてやりたいもんだと考えて、ギアッチョはフッと笑った。 ――あいつらにそんな情緒はありゃしねーか かく言う自分もそうだったが、とギアッチョは思い返す。 イタリアにいた時には、周囲のものを景色として見たことなど殆どなかった。この世界に召喚されて、ギアッチョは初めて物事をあるがままに見ることが出来たのだった。 ――……そこんところは感謝してやってもいいかもな そう考えて幾分自嘲気味に笑った時、背後からギィッと扉の開く音が聞こえた。 「……よーやくおいでなさったか」 雲の海を眺めたまま、ギアッチョは待ち人に声だけを投げかけた。 「待たせたね さて、こんな深夜に一体何の御用かな?二人仲良く月見酒と洒落込もうというわけでもなさそうだが」 風に長髪をなびかせて、背後の男は薄く笑う。フンと退屈そうに鼻を鳴らして、ギアッチョはそこでようやく彼に振り向いた。 「何、大した用件じゃあねーんだがよォォ~~ ちょっと腹割って話でもしようや、ええ?ワルド子爵サマよ」 帽子のつばを杖で押し上げて、ワルドは口の端をつり上げて嘯いた。 「いいだろう こんなに月の美しい晩は、誰かと話もしたくなる」 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/sinsougou/pages/457.html
前ページ次ページゼロの使い魔クロス 闇、太陽の光どころか、月の光も、星の光も何一つない漆黒の闇。 その中を少年は一人、パイロットスーツに身を包んだまま漂い続けている。 微動だにせず、その目は開いたまま、漆黒の闇の中を漂い続けている、まるで生きる屍の様に。 「…俺、アスランに負けて…デスティニーも壊されて…そうだ、レイは、ルナは…ミネルバのみんなは…」 少年、シン=アスカは、まるで人形のようにその瞳の光を失っていながらも、必死に何かを探すように顔を動かしはじめる。 自分の状態など気にするでもなく、周りが漆黒の闇であることさえも気にせず、戦友達の姿を探そうと、安否を知ろうと顔を動かし続ける。 「オニイチャン…」 そんなシンの耳に、彼には聞き覚えのある、いや、何があったとしても絶対に忘れられない最愛の妹の、マユ=アスカの声が響く。 「マユ…マユ、なのか? 近くにいるのか……?」 シンはその声を手がかりにするようにゆっくりと体を動かし、漆黒の闇の中を泳いでいく。 だが、その声のする方向には何もなく、シンも唯の幻聴だったのかと思い、諦め様としたそのときであった。 「どうして、マユの携帯を取りに言ったときに、マユも一緒に、タスケテクレナカッタノ?」 突如として、シンに抱きつく物がいたかと思うと、怨嗟を含んだ声でシンの耳元でそう囁く。 死者のようなその冷たい体をシンに押し付けながら。 「う、うわぁあああああああああああああああ!?」 シンは、その存在の姿を―血塗れで片腕を喪失しているマユの姿をしたナニカを―認めると同時にそれを振り払い、逃げるようにして駆け出し始める。 そう、先ほどは泳ぐようにして移動したというのに、その漆黒の空間を必死に、血塗れのマユの声を振り切るように逃げ続ける。 「シン… ステラの事守るって、言った、ステラは死なないって、言った ……なのにどうして?ドウシテステラヲコロシタノ?」 必死に逃げ続けていたシンの耳元で、彼が愛した女性ステラ・ルーシェの、悲しみを含んだ声が響いたと思うと同時に、同じく血塗れのステラが彼の目の前に突然現れる。 「あ…… アァ………!?」 その突如として現れた血塗れのマユとステラの姿に完全にシンは動揺してしまい、ゆっくりと、這うような速度で近づいてくるステラとマユから逃げる事さえもできなくなっていた。 そして、その血塗れのステラとマユの姿をした存在はシンに抱きつくようにして押し倒すと、死者の様な瞳を、シンの瞳へと合わせて、視線をはずさせないようにする。 「「シン(お兄ちゃん)、寂しい、寒い、悲しい… もう、一人は嫌(だよ)、だから、シン(オニイチャン)も死んで、イッショニナロウ?」」 そういい終わったかと思うと、二人は大きく口を開き、シンの喉元に牙を立て、まるでゾンビのようにシンを食い殺そうとし始める。 シンは、そんな二人を必死に振り払おうとしたが、あまりに強い力で押さえつけられている為に振り払う事はできず、ただ、叫びを上げる事しかできなかった…… 「や、やめろ、ステラ、マユ…!! う、ウワァアアアアアああああああああああああああアア!!」 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア………!?!」 月に照らされる森の中で、全身から搾り出すような叫び声をあげながら、シンは跳ね起き、反射的に自分の喉下に手をやり、食い破られてないかどうかを確かめる。 「ハァッ、ハァッッ… き、傷は…ない、脈もある、俺は生きてる…… あれは、夢だったの、か……?」 シンは、荒くなっている呼吸を落ち着けながら傷がない事と、脈があること―つまりは自分が生きているという事―を確認すると、ゆっくりと頭を項垂れた。 「なんで……あんな夢……… ナッッ!!」 ゆっくりと、自分を落ち着かせるように頭を上げていたシンだったが、とある不自然な光景が目に入ると同時に、驚愕の表情をその顔に貼り付ける。 自分がパイロットスーツであると言う事にも、ヘルメットがないのに呼吸ができているという事にも気付かずに、その目に入った光景に唯驚愕していた… 「何で…なんで、月が二つもあるんだよ、なんなんだよ…ここは………」 シンの視界に入った二つの月、寄り添うように空に浮かんでいる、地球からどころか、プラントから眺めたとしてもありえるはずのない光景。 シンは、その幻想的ともいえる光景に心奪われるように見入っていたが、突如として耳に入り込んできたガサリという音に反応して咄嗟に構える。 「……(サバイバルナイフが一本、ハンドガンも一つ…予備のマガジンは二個か)」 シンは自分が今もっている武器を確認しながら、右手にハンドガンを、左手にサバイバルナイフを構えながらその音をした方をにらみ付ける。 パイロットスーツのシンが何故之だけの武装を持っているのかと疑問になるかもしれないが、之はシンにとって、いや、パイロットにとっての基本装備でしかなかったという事である。 CEでの戦争において、MSパイロットの戦死率がもっとも高い理由は機体が破壊された時の爆発に巻き込まれたりコックピットを貫かれたりしてなのではない。 むしろ、MSを破棄した後の撤退時に流れ弾を食らったり、敵の白兵部隊に殺害されたり、現地の獣に襲われて死亡するという確率のほうがよっぽど高いのだ。 特に、殲滅戦争でしかないナチュラルとコーディネイターの戦争では捕虜という物は基本的にない。 捕えれば確かに捕虜として扱うが、殺してしまえば捕虜ではなく敵として処理できるという事だ。 だからこそ、人員が少なく、優秀なパイロットの生存が必須なZAFTではMS操縦技術と同時に白兵戦技術、並びにサバイバル技術も徹底的に叩き込んでいたのだ。 そして、シンもプラントのアカデミーではトップクラスの実力を誇り、オーブからの移住者でありながらその証である赤服に身を包んだ生粋のエースである。 内心ではまだ自分の状況に困惑しているだろうに、物音の原因が自分の敵である可能性を理解し、確りと戦うか、逃げ出せる体勢で構えていた。 「きゅいきゅい~~~」 そんな、妙に甲高い様な、何かの泣き声のような音が響いたかと思うと、物音のした所にあった気配がどんどんとシンから離れていった。 「ハァッ…… なんだ、唯の動物か」 シンも安堵したのか、ハンドガンを元の位置に戻すと改めて自分の取り巻く環境を確認し始める。 「一面木だらけの森、川は…近くにはないか、取り合えず今日は寝床を確保しないとな……」 夜間、しかも月が二つ見えるという明らかに自分の常識が通じなさそうな場所という事を考えてシンはその場で簡単な寝床を作り始める。 寝床、といっても本当に簡単である、近くの木の上に変な生き物がいないかを確認した後、寝床として使えそうな枝を見つける。 そしてその枝の周囲に、備え持ちしていた糸と近くの木をサバイバルナイフで切って削り、それらで鳴子を作って動物の接近に気付けるようにしただけである。 一時間ほどで寝床を設置したシンは深く考えずに、取り合えず眠る事にだけ専念をしたのであった……… そして翌朝からシンは水場の確保と、食料の確保に専念する事となった、之もすべては生き延びるためのサバイバルである。 自分の常識が通用しないかと恐れていたシンだったが、その恐れは杞憂であり、多くの食物と水質などはシンの世界とそう大きく異なるものではなかった。 時々巨大なモグラにであったり、物凄く苦い草(はしばみ草)を齧ってしばらく悶えたりというハプニングもあったが、かねがねサバイバルは上手くいき。 最初の三日間はかなり警戒しながらサバイバルをしていたシンだったが、四日目からは段々と慣れ、一週間がたった頃にはすでに周囲の地形を完璧に覚えられていた。 そして、運命のその日、シンは前日にやや遠出をして木の実を集めたために徹夜してしまい、仮眠を取ろうと朝から横になっていた、鳴子を仕掛けることも忘れて。 それからしばらくの時が過ぎ、シンが起きた頃には既に昼を過ぎたくらいになっていたのだが、それ以上にシンにとって驚愕すべき事が目の前に存在していた。 「……フンフン、きゅいきゅい~」 仮眠からさめたシンの目の前には、シンの足の匂いを嗅いだのか、臭そうに顔をしかめている青い鱗で、三本角の様な頭部と翼を持った蜥蜴の様な不思議な動物。 ファンタジー小説などではいわゆるドラゴンと言われる生物が、シンの目の前で滞空していると言うなんともいえない光景が広がっていたのだった。 まだ、それだけならシンも刺激をしないようにとゆっくりと動いていただろう、だが、幸か不幸かシンは見てしまったのだ。 唇が乾いたのか、それともシンを捕食しようとしているのか、その唇を大きな舌で舐め回すというそのドラゴンの姿を。 もしも、もしもシンが底抜けの天然か、このドラゴンの知り合いだったと言うなら前者と取っただろうが、あいにくシンはそのどちらでもない。 100人中90人が取るだろう後者の結論、このドラゴンは自分を捕食しようとしていると言う判断を下したシンの行動は実に素早かった。 「そうやっていっつも…食えると思うな~!!」(パリィィィーーン!!) 何が気に障ったのかは知らないが、怒りの叫び声をあげながらシンはそのドラゴンを足場にして飛び越え、そしてその勢いのまま一気に駆け出す。 一瞬あっけに取られていたドラゴンだったが、即座に反転するとシンに向かっての追撃を開始する。 「クソッ、お前はいったい何なんだ~~!!」 ドラゴンが追撃してくると理解したシンは、クリアな視界とスローに動く世界の中で小石や枯れ枝など投擲に適したものを拾い上げては後方に向かって投げつける。 無論、之でドラゴンが諦めるとは思っていない、だがこういう妨害を行えば相手の速度は落ちるし、何より気力を削いで追跡を諦める切欠にはなるのだ。 実際に種割れモードのシンの投擲は実に正確で、走る速度を落とさぬままドラゴンに向かって確実に小石や枝をぶつけている。 ちなみにハンドガンやナイフは所持はしているが、シンは使うつもりは無い、補充の目処が立ってない以上それらは最後の切り札として温存する必要があるからだ。 「いたい、いたい、いたいわ、うぅ、人間なんて珍しいからお話したかっただけなのに、もう怒ったんだから、きゅいきゅい!!」 そのシンの投擲を受け続けていたドラゴンから見た目に似合わないほど可愛らしい声が漏れたかと思うと突如空気の壁が現れ、小石や枝を吹き飛ばしていく。 つまりは、ドラゴンの進行を妨害していた物がなくなったということで、その結果ドラゴンは一気に加速しシンとの距離を詰め始める。 自分を妨害するものがなくなったとはいえ、先ほどまで色々投げつけられていた事に腹を立てているのか、ドラゴンは大きくその口を開きながら滑空していく。 「えっ… 女の子の声……!?」 だが、シンはそれ以上に驚愕すべき事実、自分以外に周囲に人間はいないというのに、人間の言葉が聞こえた事で思わず立ち止まり、その声のほうへと振り返る。 そう、その声の主であり、シンを捕獲せんとつい先ほど加速して、そして怒りのあまりか大きく口を開けているドラゴンの方向を、である。 シンは完全に立ち止まっている、しかしドラゴンは加速して大きな口を開いている、その結果……… 「あっ……」 「きゅいきゅい~!?」 パックンチョ♪ そんな擬音が聞こえそうなほどに見事にシンの上半身はドラゴンの口の中にホールインワンしてしまったのであった。 しかしドラゴンもそのままシンを貪り食うのではなく、シンを口の中に入れたまま高く飛び上がると自分の巣のある方向へとゆっくりと飛び始める。 シンも諦めたのかそれともあまりの衝撃で気絶しているのか微動だにせず、時々ドラゴンが甘噛みするのに反応してぴくぴくと動くだけであった。 ドラゴンもそんなシンに気を取られていたのだろうか、突如として目の前に現れた巨大な魔法陣の存在を気にする様子もなくするりとその中に入っていってしまっていた。 トリステイン魔法学院 そこでは学生達の一生を左右すると言っても過言ではない儀式、生涯の相棒ともなる使い魔を召喚する「サモンサーヴァント」の儀式が行われていた。 次々と学生達が自分のパートナー達を、蛙だったり巨大土竜だったりを召喚しては使い魔としての契約を結び、順調に儀式は進んでいた。 途中、ゼロのルイズと呼ばれる少女が人間…しかもその世界での魔法が使えない平民を呼んだ事でひと悶着はあったが、かねがねは順調であった。 そして私事で少し遅れてしまったらしいタバサという少女がサモンサーヴァントを行い、自らの使い魔となり得る存在を召喚した時、混乱がおきた。 「ど、ドラゴンだ…しかも人を咥えているぞ!!」 「人食いドラゴンだ!!タバサが人食いドラゴンを召喚したぞ~!!」 タバサが召喚したのはウィンドドラゴンと呼ばれるその世界でも高位の存在、学生が呼び出した事は珍しいが、それだけならまだこんな混乱はおきるはずはなかった。 その混乱の原因は、その召喚されたドラゴンの口からはみだす足である、そう、シンを甘噛みしているドラゴンを呼び出したからなのであった。 しかし他の人間には口の中でシンが生きている事実も知らないし、ドラゴンもただ甘噛みしているだけと言う事実だって理解できるはずがない。 よって、人食いドラゴンを食事中に呼び出してしまったんだと言う認識になってしまい、その場は大混乱に陥ってしまったのであった。 「……吐き出して」 しかし、そのドラゴンを召喚した当人であるタバサはじっとドラゴンの瞳を見つめていたかと思うと、突然そう呟いた。 誰もがそんなタバサの無謀ともいえる行為を恐れた、タバサもそのドラゴンに食われるのではないかと言う思いを抱いた。 そして、その学生達を束ねていた教師であるコルベールという頭部が寂しくなっている男性が魔法を詠唱してドラゴンの注意を自分にひきつけ様としたそのときであった。 「きゅいきゅい~」 ドラゴンがえらく可愛らしい声でそう鳴いたかと思うと、タバサの言葉どおりに口の中に入れていたシンをペッっと吐き出したのであった。 吐き出されたシンは気絶している様子ではあるが命に別状も無く、唾液まみれな事意外は特に外傷も無く呼吸も確りしていた。 「ふむ…じゃれついていたのか?まぁ仕方ない、特例になりますがこの神聖な儀式で召喚されたいじょうはそのドラゴンと、その人間はミス・タバサの使い魔です、儀式の続きを」 そんなシンの様子と見慣れぬ服装、そして明らかに自分が知らない高度の技術が使われている銃に興味がいっていたコルベールだったがタバサに続きを促す。 タバサもそれに反応するように一度だけうなずくと、契約の呪文「コントラクトサーヴァント」の呪文を詠唱し、ドラゴンと、いまだに気絶しているシンに口付けを行う。 その後、シンの左手に不思議な文字、契約の証であるルーン文字が刻まれた事を確認すると、コルベールは生徒達に解散を通達した。 その言葉に従って次々と自らの魔法で空を飛び、自分の使い魔とともに寮へと帰っていく学生達の中で、唯一違う行動を取っている者たちがいた。 一方はルイズと言う名の少女と彼女の使い魔となったサイトと言う少年、彼女達は魔法で飛んでいくのではなく、自らの足で寮へと帰っていく。 そしてもう一方はシンとドラゴンを召喚したタバサという少女、彼女はドラゴンに名前を、「シルフィード」と言う名前を与え。 シンをシルフィードに背負わせ、自らもその背中に乗り、所々回り道をするように滑空しながら寮へと戻っていった。 本来は呼ばれるはずの無かった少年、シン=アスカ、歴史とは本来たった一つの要素が加わった程度で流れが変化する物ではない筈であった。 だが、その要素が多くの人との繋がりを持ち、流れの中心に位置し始めると、歴史は大きく揺り動かされる事となる。 その流れの先が行き着くのは安息の光か、更なる苦痛の闇なのか、その当事者となるシンでさえも、今はまだ何もわかってはいなかった… 前ページ次ページゼロの使い魔クロス
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7250.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 トリスタニア…… 建国以来、六千年に及ぶ歴史を閲するトリステイン王国の首都である。 壮麗な外観と威容を備えた王城を中心に、各種公的機関や貴族の居館が立ち並び、 更に王城から続くブルドンネ街を中心にした一帯は、この国の文化・経済・娯楽 の供給源にして消費の場でもある。 所狭しと建物が林立し、その合間を縫って敷かれた道の両端には無数の露店が開 かれ、街の賑やかさをより高める一因となっている。 背や手に目一杯の荷物を抱え歩く者、急ぎの用なのかコマネズミよろしく忙しな く駆け回る者、散歩がてらにぶらつく者、露店を冷やかし、又は真剣に値切ろう とする奴……。 そんな、歳も出で立ちも目的も様々な人間が行き交い生み出す、嬌声とざわめき の坩堝を掻き分ける様に、どこにでもいるようでその実、注視してみれば一風変 わった取り合わせの二人組が歩いていた。 ――黒の外套を羽織り、ストロベリーブロンドの長髪を持つやや小柄な少女と、 それとは対照的に鴉の濡羽色の髪と長身の青年……誰あろう、ルイズ(略)ヴァ リエールとその使い魔(呼ばれた当人は心底、不機嫌顔をするだろうが)緋勇龍 麻である。 「ったく……。馬ってのは、快適さとはまるで無縁の代物だな……」 歩きながら肩やら首をほぐして鳴らしつつ、龍麻は小声でこぼす。 学院から此処まで、実に片道三時間掛けての道中である。 始めは唯々、鞍に腰掛けて手綱を持っていただけだが、先に走るルイズの姿勢を 真似る事で多少は楽になったものの、気疲れした事には変わりない。 「情けない。馬にも乗った事ないなんて。これだから平民は……」 「生憎と、俺の国じゃ常に馬に乗る機会が有るのは、牧場を営んでるか、暇人金 持ちの道楽や馬術競技の選手に公営賭博の関係者ぐらいなんだよ」 「……呆れた。なにそれ。そんな有様で、どうやって荷物や人の行き来をしてる のよ、あんたの国は」 「それに変わる手段と物が色々とあるんだよ。……それにしても狭い道だな、っと」 ルイズに答えつつ、向かいから歩いてきた人間とそいつが抱えていた荷物との接 触を躱す。 「狭いって、これでも大通りなんだけど」 「これでか? ……これなら、地方の町の裏通りというのが説得力あるな」 修行と称して中国を始めとする世界各地を彷徨き、様々な国の町並みに情景や風 俗を見聞してきた事を思い出しつつ、龍麻は呟く。 「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮 殿があるわ」 「ほー。でもま、今の俺達には関係の無い場所だな。と早いとこ用事を済ませち まおう」 「そうね。物見遊山しに来たんじゃないんだし。それよりも…スリが多いんだか ら、あんたも気を付けなさいよね?」 「ああ。今の所は大丈夫だが」 内懐に収めたルイズの財布の存在を確かめつつ、龍麻は周囲の人混みに目をやり ながら答える。 そこから人口に比しての貴族の数がどうだの、食い詰めた傍系の貴族がドロップ アウトして犯罪だなんだのに手を染めて云々……、といった雑多な会話を交わし ながら、二人は大通りを外れて建物の隙間の奥に続く、脇道へと入り込んで行く。 ……充分に日が差し込まぬ所為か、湿った空気と饐えた臭い。随所に散らばる生 ゴミやら汚物に加え、時折向けられる険を含んだ害意未満の気配が漂う裏通りを しばし歩き続けた後。 道の向こうに見える一軒屋の軒先に下げられた看板を見て、ルイズが顔を綻ばせた。 「あ、あったあった」 その視線の先を追えば、確かに剣を象った看板が有り。 早速向かおうとするルイズを呼び止めると、龍麻は手持ちの予算を訊ねる等した 後で、立て付けの悪い扉を押し開けてルイズに続いて店へと入って行った。 ――黴臭い空気と獣脂を注いだランプが燃える際の臭気に混じり、油と鉄の匂い が漂う薄暗い店の奥で、偏屈とか頑迷といった語句を擬人化したかのような風貌 の中年男が二人を迎えた。 値踏みする様な無遠慮な視線を向けた後、つまらなさ気な貌で無愛想な声を出す。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさぁ。お上に目を付けられる 様な事ァ、これっぽっちもありやせんぜ」 「客よ」 ルイズの一言を聞くや、店主は鳩が豆鉄砲を見舞われた様な表情を作る。 「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」 それを耳にし、不審げな表情をするルイズに、店主はひとしきりおべんちゃら を並べ立てた後、龍麻に向き直る。 「剣をお使いになるのは、この方で?」 「ああ。適当に見させてもらうぞ。片手ないし両手でも使えて、長さや重さは 程々。少々古くてもいいから造りが丈夫な奴が欲しい」 注文を並べつつ、龍麻は壁やら棚に並び掛けられた甲冑や武器……長剣、短剣、 ナイフ、手斧、短槍、長槍、斧槍(ハルバード)、戦棍(メイス)、戦斧、打突 棒(フレイル)、短弓、長弓、弩……。といった品物を見やり、あるいは手に取 ってみる。 ……昨晩、ルイズにはああ言ったものの龍麻自身には、剣に頼るつもりなど更々 なかったりする。 刀なぞ手に入るべくもないし、ずばり保険というか自身が駆使する『氣』を持ち いた技と体術を隠匿する策の一つになれば御の字……程度にしか考えて無かったり。 物色を続ける龍麻に、店主が思い出した様に声を掛ける。 「……ああ。あんたの注文とはちょいと違いますがね、昨今は貴族の方々の間 では下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。こういうのが、人気ありやすぜ」 言って店主が携えてきたのは、全長1メイル程度の針を思わせる細く鋭利な刀身 を持ち、護拳部分(ナックルガード)には細緻な彫物が施された刺突剣である。 「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」 それまで、いかにも退屈そうにしていたルイズが店主の言葉に反応する。 「へえ、なんでも、この所このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしており ましてね……」 「盗賊?」 「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝 を散々盗みまくってるって噂で。貴族の方々はそれを恐れて、下僕にまで剣を持 たせる始末で。へえ」 盗賊云々といった話は軽く聞き流した後、出された剣を眺めたルイズはこれでも いいか、と考え龍麻に声を掛ける。 「それで、どうするのよ? これでいいんじゃない」 「使えん。それこそ剣士気取りでぶら下げるんならまだしも、ンな柔弱(ヤワ) な代物では切った張ったの場ではどうにもならん。第一、そういう剣は趣味じゃない」 一瞥した後、問答無用といった口調で言い捨てた龍麻は品定めを再開する。 「なによ、ダメっていうの? ……それならそうね。こいつの言うような、 もっと大きくて太い、立派のはないの?」 「お言葉ですが、若奥様。剣というのは…『もっと大きくて太い、立派のはないの?』」 店主の言葉を遮る様なルイズの一言に対し儀礼的に頭を下げてみせると、 「……わかりやした。そんなら、少々お待ちくだせぇ」 言って店主は、口内で小煩さい客への悪態をこぼしつつ、店の奥へと取って返す。 「これなんか如何です? ……店一番の業物でさあ。貴族の御供をさせるなら、 この位は腰から下げて欲しいものですな。といっても、こいつを腰から下げる には、余程の大男でないと無理でさあ。奴さんでも、背中にしょいこまんとダメでしょうよ」 ……長口上と共に持ち出してきたそれは、全長が子供の背丈程も有る長大な大剣である。 諸刃造りの肉厚の刀身と、頑丈な柄。柄頭には宝石が埋め込まれ、鍔や柄元に 至るまで凝った意匠の装飾で彩られている。 「へえ、立派な物ね。お幾ら?」 ――確かに、煌びやかな装飾と磨き抜かれた刀身に店一番という店主の売り文句は、 ルイズの美意識と貴族の虚栄心、双方を満足させるのに足りた。 「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。 魔法が掛かってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が 刻まれているでしょう? お安すかあ、ありませんぜ」 長々と勿体ぶった口調で言う店主に、ルイズも張り合う様にそっくり返ってみせる。 「わたしは貴族よ」 「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」 「立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」 さらりと店主が告げた値段を聞いて、ルイズが呆れたといわんばかりの表情をする。 「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安価いもんでさ」 「……言い分は結構だが、そんな大枚叩く事も無いだろ」 そこへ、数本の剣を試すすがめつしながら、熱の無い声で龍麻が口を挟んだ。 「剣なんぞ、振れて斬れりゃ事足りるんだ。なのに、武器(それ)の上っ面を ゴテゴテ飾り立てたり、これ見よがしに造り手の銘を彫ったりするような真似 をする、意味も必要性もありゃしない。飾り物なんぞ持って、ケンカが出来るか」 言外に件の名剣とやらが駄目だと扱き下ろしつつ、それよりも二回り程小さい、 俗に言うバスタードソードを龍麻が手に取ろうとした時……、 「――は。随分、解ったような事を言うじゃねえか、てめ」 等と言う、この場には居ない筈の四人目の声が店内に響いた。 「そこの業突張りの因業親爺の口車に乗らねぇのはいいが、口先だけの半可通の 青二才が偉そうにするんじゃねぇよ!」 遠慮も何も無い、低い男の罵声に店主は頭を抱えつつ、口角を引き攣らせる。 「誰かは知らんが、随分と好き勝手言ってくれるな。ええ?」 「へっ、本当の事言われて怒ってんじゃねぇよ! そこの貴族の娘っ子共々、 さっさと家に帰ぇんな!」 「失礼ね!」 龍麻の独り言に応じてか、姿無き声の主は更に煽る様な事を言いたて、それを 聞いたルイズも憤慨してみせる。 部屋の隅……ロクに掃除もされてない辺りに、樽に無造作に突っ込まれたり、 床に放り出されて出来た剣の一山があり、例の声はそこから聞こえて来るのだ。 「この声、誰だ……? 客への嫌がらせにしちゃ、随分タチが悪いな」 「俺りゃあ、此処だよ! ったく、どこに目ェ付けてやがんだか!」 剣の束の前で呟いた時にまたも悪口が飛んだ事で、龍麻は声の主の所在を探し当てた。 ……人等では無く、雑然と積み上げられていた中に紛れ込んでいた内の一振 りが、鍔元を震わせながら声を張り上げているのだ。 「魔術の次は、喋る剣だって? ……ったく、本気で何でもアリだな、此処は」 またしても出くわした、奇っ怪なブツを前に龍麻が眉を顰めていると、そいつ に向かい店主が怒鳴り声を浴びせる。 「やい! デル公! お客様に失礼な事を言うんじゃねぇ!」 「デル公?」 龍麻は改めて剣を注視する。……サイズ自体は先の剣とほぼ同等。片刃の刀身 は幅、厚み共に薄く、較べてよりシャープな印象を与える。 ……まあ、長い事放置されていた為か、全体が錆と埃に煤や油汚れで薄っすら と化粧されている辺りで損していたが。 「それって、インテリジェンスソード?」 近寄って剣を見たルイズが胡散臭そうな声を出すと、店主は肩を竦めて大仰に 溜息を吐いて見せる。 「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣。インテリジェンスソードでさ。一体、 どこのメイジが始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……。とにかく、 こいつはやたら口は悪いは、客にケンカを売るわで閉口してまして……。 やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまう からな!」 「面白れェ! やってみろ! どうせこの世にはもう、飽き飽きしてたトコだ! 溶かしてくれるってんなら、願ったりだよ!」 ……なんぞと、啖呵切った奴に向かい、青筋を浮かべた店主が腰を上げかけ たが、その前に龍麻の手が有象無象の剣の束の中から、そいつを引っ張り出し ていた。 デル公ってのが本名か?」 「違わ! デルフリンガー様だ! おきやがれ!」 「へえ、名に響きも悪くないじゃないか。俺は緋勇龍麻だ。緋勇が姓、名が龍 麻だ。呼び易い方で呼べよ」 そこでまた騒ぐかと思いきや、剣……デルフリンガーは微動だにせず、龍麻 に握られたままでいた。 それから暫し黙り込んでいたと思えば、いきなり独言を洩らし始める。 「――おでれーた。見損なっていた。てめェ、『使い手』か」 「何……?」 ……其れまでのチンピラ臭い威勢の良さとは異なる、含みを持った言葉に龍麻 の表情は自然と引き締まる。 「それだけじゃねェ…てめェん中にゃ、なんだか見慣れねえ妙な流れがあり やがる。こんな奴ァ、初めてだ」 尚も耳を澄まさねば聞き取れない程の声で、龍麻にとって到底聞き流せない 言を喋り続ける剣を顔の前まで持って行くと、やはり小声で話しかける。 「お前、随分と鼻が利くみたいだが……。一体、何が言いたいんだ?」 「それよりもな。てめ、俺を買いな」 「いいだろ。俺も、お前に興味が有るしな」 問いかけに答える代わりに、どういうつもりか自分を売り込んでくるそいつ を凝視した後。 龍麻が頷き答えると、剣は喋りを止めた。その手に握ったまま振り返ると、 出資者(スポンサー)を見やる。 「俺は、こいつに決めた。いいか?」 それを聞くや、ルイズは何とも微妙な表情で不満気な声を出す。 「え~~~。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」 「そういうな。見てくれこそアレだが、サイズの割には軽いし造りもしっかり してる。雑に扱われてたにしちゃ、刃に刀身もさほど傷んでないし。然るべき 手入れをすれば、見栄えに実用も満たしてくれるだろうよ。きっと」 此処で臍を曲げられては堪らないので、刀身を指先でなぞり具合を確かめつつ、 弁護も兼ねて説得する。 「……ま、どうせ使うのはあんただし。それが良いって言うんなら、好きになさいよ」 「OK。ありがとよ」 短く礼を言い、カウンターへと向かう。 ……前にいるのは、煮ても焼いても腹を壊す事請け合いな、喰えなさそうな 狸爺が一人。 (さて。此処からが、本当の勝負だ……) と、開戦まで秒読み段階に入った『銭闘』に備え、一人気を引き締める龍麻であった。 ――それから小一時間後。 「ヒユウ。お前とならやれそうだ。よろしく頼む――相棒」 そんな台詞を吐いた剣……デルフリンガーを肩に担ぎ、二人は店を出た。 ルイズが持参した予算は、新金貨で百枚。相手の言葉尻を捉え、しぶとく、図々 しく立ち回って妥協を引き出した末、八十数枚の出費で収まった。 ともあれ、買い物が安価くついた事でルイズの機嫌は悪くはないし、龍麻も此処 まで出張って来た用事が無事に済んだから、おのずと気分には余裕が生まれる。 そんなこんなで元来た道を戻る二人を、道を挟んだ反対側の建物の陰から注視す る一対の視線と二つの影が存在った。 ――片や、人目を引く長く伸ばした鮮やかな赤毛に鋭角的な彫りの深い顔立ち。 しなやかな長身にメリハリの利いた肉感的な躯の線を持つ女性であり。 もう一方は対照的に、短く切り揃えた蒼髪に眼鏡。先の人物の胸程しかない小柄 な体躯に、自身の身長に等しい長さの杖を携えた少女……という、これまた別の 意味で他人の目を引くだろう二人組である。 先の人物は言うまでも無い。 『微熱』の二つ名を持ち、何かと気が多過ぎる魔術師、キュルケ(中略)ツェル プストーと。その学院入学以来の友人にして、こちらは『雪風』の二つ名を戴く タバサである。 話は数時間前に遡る……。 この日、起き出して早々にキュルケは只今、自身の興味と情熱を刺激して止ま ない、隣室の間借り人を篭絡すべく動き出した。 ……昨晩は幾分露骨に過ぎたかも知れないし、何より無粋極まる邪魔者が大挙 して押し掛けたから不発に終わったが、意中の彼に自分のアプローチが届いて ない訳が無いという確信の元、意気揚々と隣室を訪れるも部屋は既に蛻の殻。 折角の意気込みが空振りに終わるかと思いきや、偶さか二人が馬に跨り学院か ら出て行く様を見かけるや、その足でタバサの部屋へと押し掛けると既に朝食 を済ませ趣味である読書に没頭する友人に事情を訴え、かなり強引に協力を 取り付けると彼女の使い魔である風竜に乗って二人の後を追い、街に到着いて からもずっと付け回していた訳である。 「ゼロのルイズったら……、剣なんか買って気を引こうとしちゃって……! あたしが狙ってるとわかったら、早速プレゼント攻撃?」 歯噛みしつつ、二人が路地の向こうに消えるまで待つと、本に視線を固定した ままのタバサを置いて、今し方二人が出て来た武器屋に向かい大股に歩き出す。 ――程無くして、店から出て来たキュルケの手には彼の店一番の業物と云われ たあの、大剣が握られていた。 こうなるまでに、店の中で如何なるやり取りが有ったかは当事者たる店主と キュルケ知るのみ……と、言うほど御大層なものでは無く。 こう言えば、さして血の巡りの良くない人間でも何故にそうなったかという 理由を容易に推察出来うるだろう。 ――凡そ、男という生物(ナマモノ)は、『特定(本能に関わる様な)』の 状況下では総じてアホになる……、と。 前ページ次ページゼロの使い魔人
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9392.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 幕間その九「学院の仲間たち」 岩石怪獣サドラ 登場 王立図書館の幽霊騒動の解決をアンリエッタから頼まれたルイズと才人。何のことはない 事件だろうと思っていたのだが、ルイズが突如として倒れて目を覚まさなくなってしまう! 司書のリーヴルの語ることには、ルイズは自らの完結を望む、魔力を持った『古き本』の中に 精神を捕らわれてしまったというのだ。才人はルイズを救うため、『古き本』の中へ旅立つ ことを決意する。 だが六冊の『古き本』はどれも、ウルトラ戦士の戦いを題材とした作品だった。才人とゼロは 一冊目『甦れ!ウルトラマン』だけでも、その中に現れた怪獣軍団とEXゼットンに大苦戦。辛くも 完結させることは出来たが、ひどく消耗したために連続して本の世界に入り込むことは不可能だった。 才人が身体を休めている間、彼を支援するタバサは一旦魔法学院に戻っていた……。 「な、何だってー!? ルイズがそんなことになっちまったのか!?」 学院の寮塔の、ルイズの部屋。タバサとシルフィードは荷物を取りに来たとともに、ゼロの 秘密を共有する仲間、ウルティメイトフォースゼロの三人とシエスタ、キュルケに、ルイズたちの 身に降りかかっている事態を打ち明けた。 ちゃぶ台を囲みながら大仰に驚いたグレンに、シルフィードが首肯する。 「そうなのね。それでゼロとあの男の子が、本の中に入って『古き本』っていうのを終わらせてる ところなのね」 「ルイズとサイトったら、よくよく厄介事に巻き込まれるわねぇ……」 キュルケが頬に手を当ててため息を吐いた。シエスタはルイズたちの身を案じて目を伏せた。 「ミス・ヴァリエールはもちろんですが、サイトさんも大丈夫なのでしょうか……。『古き本』と いうものを完結させるのは、相当大変なようですし……」 『うむ……どうにか手助けしたいところだが、さすがに本の中の世界では手出しのしようがないぞ……』 参ったようにうなるジャンボット。如何に超人の集まりのウルティメイトフォースゼロと いえども、本の中に入る術は持ち合わせていないのだ。 「ミラーナイト、お前はどうにか出来ねぇのかよ。二次元人とのハーフだろ?」 「残念ながら、無理です。正確には鏡面世界の人間ですので、鏡の中には入れても、さすがに 本の中というのは……」 グレンが聞いたが、ミラーはそう答えたのだった。 「本の中に入る術を扱えるのは、そのリーヴルさんという人のみ。その方が、一人だけしか 本の中へ送れないと言うのでしたら、歯がゆいですが私たちには見守ることしか……」 とミラーが言った時、何かを思案したキュルケが意見した。 「そのリーヴルって人、全面的に信用していいのかしら?」 「どういうことなのね?」 シルフィードが聞き返すと、キュルケは己の考えを口にする。 「だって、始まりはほんの些細な幽霊の目撃談だったんでしょ? それまではたったそれだけの ことだったのに、ルイズたちが図書館を調べ出してからいきなりそんな大事に発展するなんて。 ちょっと話が出来過ぎてるんじゃないかしら?」 『確かに……。事態が急変しすぎてるように思えるな』 ジャンボットが同意を示した。タバサもまた、口には出さないものの内心ではキュルケと 同様の考えと、リーヴルへのかすかな疑念も抱いているのであった。 『古き本』の視点から考慮してみれば、“虚無”の力を持った人間が図書館にやってくると いうことなど事前に分かる訳がないはず。だからそれ以前に違う人間の魔力が狙われても よさそうなものなのに、ルイズが最初の被害者になったというのはただの偶然だろうか。 それにタバサは、才人が一冊目の本を攻略している間、図書館に来館した人たちを当たって 情報収集をしたのだが、誰も図書館で幽霊が目撃されたという話を知らなかった。では、何故 幽霊の目撃談などが王宮に上がったのだろうか? 「……幽霊の件を報告したのも、リーヴルさんという話でしたね……」 ミラーが腕を組んで考え込んだのを見て、ジャンボットが尋ねかける。 『ミラーナイト。お前は一連の事態を、リーヴルという人物が仕組んだものだと考えている のではないか?』 「何!? そいつは本当か!?」 「サイトさんたちは、罠に掛けられたと!?」 グレンとシエスタが過敏に反応したので、ミラーは二人をなだめた。 「落ち着いて下さい、何もそこまで言うつもりはありません。ただ……この一連の事態、 偶然が重なったとするよりは、何者かの意思が働いてると考える方が自然ではないかと いうだけです。今のところ、その候補に挙がるのはリーヴルさんですが、まだ彼女がそう だと決定する明確な根拠もありません」 『要するに、判断材料がまだ足りないということか』 「ええ。……ともかく今は、リーヴルさんの手を借りて本の世界を攻略していく以外に手段は ありませんね」 結論づけたミラーは、タバサに向き直って託した。 「タバサさん、引き続きサイトとゼロを支援してあげて下さい。それと、リーヴルさんは きっと何か、あなた方に話していないことがあると思われます。彼女の動向にも目を光らせて 下さい」 「分かった」 「シルフィたちにお任せなのね!」 「パム!」 タバサたちが返事をした後で、シエスタが名乗り出る。 「わたしも図書館に行きます! わたしはサイトさんの専属メイドです。身の回りのお世話なら わたしの仕事です。それに……ミス・ヴァリエールの介護をする人も必要でしょうし……」 いつもルイズと才人を巡った恋の鞘当てを展開しているシエスタだが、今回は本心でルイズの ことを心配して申し出た。ルイズとは立場を越えた心の友でもあるのだ。 「ではシエスタさんにもお願いします。そして私たちは……」 ミラーが言いかけたところで、ジャンボットが鋭い声を発した。 『ミラーナイト、グレンファイヤー! トリステイン西部の山岳地帯から怪獣の群れが出現し、 人里に接近している! すぐに出動だ!』 「分かりました!」 「よぉっし! すぐに行くぜッ!」 ミラーとグレンはすぐに立ち上がり、姿見の前に並ぶ。二人にシエスタとキュルケが応援した。 「頑張って下さい! このトリステインの人たちのこと、お願いします!」 「ゼロが動けない分も頼んだわね!」 「ええ、お任せを」 「すぐに片をつけてくるぜ!」 ミラーとグレンは姿見から鏡の世界のルートを通り、怪獣出現の現場へと急行していった。 「キョオオオオォォォォ!」 トリステインの山岳地から現れ、人間の村に向かって進行しているのは十数体もの怪獣の群れ。 全身が蛇腹状の身体に、両腕の先はハサミとなっている。岩石怪獣サドラだ。 そのサドラの群れの進行方向に、ミラーナイト、ジャンボット、グレンファイヤーが空から 降り立って立ちはだかった。 『これが私たちの役目。ゼロがルイズを救出している間、私たちでハルケギニアを防衛します!』 『怪獣たちよ、ここから先へは行かせんぞ!』 『どっからでも掛かってこいやぁ! 今日の俺たちは、一段と燃えてるぜぇッ!』 戦意にたぎる三人を前にしてサドラの群れは一瞬ひるんだものの、すぐに彼らに牙を剥いて 突貫していった。 「キョオオオオォォォォ!」 『よし、行くぞッ!』 迫り来る怪獣の群れを、ゼロの仲間たちは勇み立って迎え撃ったのだった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/606.html
ギーシュは薔薇の杖でギアッチョを指して言う。 「何も知らない平民のためにあらかじめ言っておいてやろう」 何が何でも言葉でイニシアチブを取りたいようだ。聞かれてもいないのに ギーシュはべらべらと自分の力を喋る。 「僕の二つ名は『青銅』 青銅のギーシュだ 従って――君の相手はこいつが する・・・行けッワルキューレ!」 ギーシュが造花の薔薇を一振りするとその花弁が一枚宙を舞い、 ズォオォオッ!! 青銅の甲冑に姿を変じた。ギーシュはキザったらしい仕草で杖を下ろすと、 眼の前の平民がいかに驚くかを観賞しようとギアッチョを見るが、 「おもしれーもんだな」 と呟くギアッチョの表情には何の変化も起こらなかった。 「・・・ッ、平民が・・・!余裕ぶっていられるのも今のうちさ!ワルキューレッ!!」 自慢のワルキューレを前にして何ら取り乱さないギアッチョに、ギーシュは もういいとばかりにワルキューレを襲い掛からせた。 猛然とこちらに向かってくるワルキューレを見据えて、しかしギアッチョは 眉一つ動かさない。 ――ホワイト・アルバムを身に纏い、そのまま奴まで歩いていって直に発動 させる・・・オレがその気になりゃあ30秒もかからねーが、それじゃつまらねぇ こいつは「恐怖」と「屈辱」を存分に与えた上で殺すッ!! などとギーシュをいたぶる戦略を練っていると、 「ギ、ギアッチョさん!!逃げてくださいっ!!」 動かないギアッチョにシエスタが叫ぶ。しかし時既に遅し、ワルキューレはもう ギアッチョの懐に潜り込んでいた。そしてその右手がギアッチョの腹に―― スッ ドガシャアア!! 当たることはなかった。ギアッチョは引きつけたワルキューレから最小限の 動きで身をかわし、青銅の騎士はその勢いのまま地面に突っ込んだ! 「てめーの自慢の魔法はよォォーー この程度なのか?え?マンモーニ」 ギアッチョはギーシュに向き直ると、感情のないままの眼で彼を見る。 「一度攻撃を避けただけで何を得意になっているんだい?」 しかしギーシュもその程度で焦りはしない。自分のワルキューレはまだ何体も いるのだ。ギーシュは薔薇を振って更に2体のワルキューレを呼び出した。 二体の騎士は土を蹴ってギアッチョに向かって突進し、そっちにギアッチョが 気を取られている隙に、さっき倒れた一匹目がギアッチョの足に飛び掛って 引きずり倒す!・・・はずだった。しかしワルキューレが彼の左足を捕らえる 瞬間その足はスッと持ち上げられ、一体目はまたも惨めに大地へ倒れた。 続く二体目の突進を一体目をまたぐステップでかわし、その後をついて 走ってきた三体目は折り重なって倒れる先の二体にぶつかって動きを止めた。 オォォォ、とギャラリーにどよめきが走る。 「どーやらよォォ~~~ もったいぶった外見してやがるが・・・単に遠隔操作 出来るだけのスットロいデク人形だったみてーだなぁあぁ メローネの ベイビィ・フェイスの足元にもおよばねーぜ」 合間にギーシュを侮辱することも忘れない。とはいえ、普通の人間なら一体目の 一撃を腹に受けて一瞬でくたばっているはずだ。ギアッチョがそれを回避出来た 理由は、彼が幾百の修羅場を潜り抜けて来たからに他ならない。スタンドなど なくても、ギアッチョにはワルキューレの一挙手一投足が予測出来ていたのである。 ギーシュにはギアッチョが何を言っているのかよく分からなかったが、自慢の 騎士達をデク人形呼ばわりされたことだけは理解出来た。 「・・・少し素早いからと言って調子に乗らないでもらいたいね平民!!ここまで 頑張ったことは褒めてあげよう だがこれで終わりだッ!!」 いくら避けられるからといって魔法に平民が勝てる道理などないのだ。・・・と、 ギーシュはそう思っている。その自信から出た勝利宣言であった。 「漫画みてーな陳腐なセリフ吐いてる暇があんならよォォ~~・・・とっとと次の 手を披露してみろよ マンモーニよォォーー」 「まだ言うかッ!!行けッワルキューレ達!!」 ギーシュが造花の杖を、一回、二回、と振り下ろす。薔薇の花弁はそれに 合わせてひらひらと舞い落ち、彼の造花から全ての花弁がなくなると同時に、 更に四体のワルキューレが姿を現した。四体のワルキューレ達は主人を 守りつつギアッチョを囲い込むように布陣し、その間にいつのまにか 起き上がってきた最初の三体がギアッチョの後方を固めた。 「ああっ・・・囲まれた!!」 「ギアッチョぉ!!隙が空いてるうちに逃げ出せッ!!」 たまらず叫んだのはシエスタとマルトーである。しかしギアッチョは今度も動く 気配を見せず、代わりに首だけをひょいと彼女達に向けると、 「心配は無用だぜ それよりよォォーー ちゃんと見てろよマルトー! シエスタ! おめーも眼をそむけんじゃあねーぜ」 と言い放った。ギーシュは「遺言なら今のうちに言っておくことだね」などと喚いて いるが、全く意にも解さない。自分などここにいないかのように振舞うギアッチョに ギーシュの怒りはとうとう頂点に達した。 「もうッ・・・もういいッ・・・!!貴族を侮蔑したことを悔やみ・・・絶望に身をよじり ながら死んでいけッ!!!」 その言葉を合図に、全方位に布陣したワルキューレ達は一斉にギアッチョに 襲いかかり、シエスタ達の悲鳴をバックコーラスにその剣を振り下ろ―― 「ホワイト・アルバムッ!!」 ギアッチョがその名を叫んだ瞬間、全ては動きを止めた。ギャラリー達は―― ルイズやキュルケですら――目の前の異常な事態に声も出せなかった。 ギーシュは半ば状況を理解したのか、口をぱくぱくとさせているが――これも また声になっていない。 ギアッチョを取り囲んでいたワルキューレ達は、ギアッチョが何かの名前を 呼んだ瞬間、青銅と氷の彫刻と化して動きを止めた。そして輪になった オブジェ達の凍った頭部を、「何かに包まれた」ギアッチョの右腕が、一体、 また一体と粉砕してゆく。誰もが無言のままオブジェの破壊は続き、頭部を 失った哀れな人形達がまるで花を開くように外側に倒れていくのを破壊者は 色をなくした眼で見下ろし。ワルキューレだったものを踏み越えて、男が花の 外側へゆっくりと姿を現した時、 ギャラリーはパニックに陥った。 泣き叫ぶ者、もんどりうって逃げ出す者、呆然とその場に立ち尽くす者。彼らの 悲鳴と足音でヴェストリの広場は一瞬にして阿鼻叫喚の様相を呈した。無理も ない、男がやってのけたのは一瞬にして八体もの物体の動きを完全に停止 させるほどの氷結である。おまけに停止させたのはただの物体ではない。 「青銅」のゴーレムが「殺す気で」剣を振り下ろしているのである。それを 一瞬で完全に停止させて男は平然とギーシュを睨んでいるのである。彼らが 恐慌に陥るのも無理からぬことであった。 「あの男が・・・これをやったっていうの・・・?」 愕然としてギアッチョを見るキュルケだが、ふとルイズに眼を向けると、 「あいつ・・・こんな物凄い力を持ってたの・・・!?」 彼女もまた衝撃を受けていた。今朝の部屋ごと冷却事件の時点で気付くべき だったかもしれないが、とにかくルイズは今改めてとんでもない男を召喚して しまったと思った。常に無表情なタバサもこれには驚きを隠し切れないらしく、 わずかに眼を見開いていた。 「バカな・・・・・・ただの平民のくせに・・・・・・そんな・・・嘘だ・・・・・・」 ギーシュはうわごとのように否定を繰り返している。そんなギーシュに今の ギアッチョの関心は微塵も向いていなかった。 「青銅ってよォォ~~ 「青い」銅って書くんだが・・・実際の青銅は 大体緑色してんだよォォォーーーー なんで緑銅じゃあねーんだァァオイ!! ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜェ~~!!クソッ!クソッ!コケに してんのかッ!!ボケがッ!!」 またしてもよく分からないことを喚きながらワルキューレの残骸を踏み つけている。ギーシュはそれを見ながらぶつぶつと何か呟き続けていたが、 次第に我を取り戻すと自分はまだ負けてはいないということに気付いた。 花弁の無くなった杖を構えると、ギアッチョを睨んで叫ぶ。 「いつまで遊んでいるんだ平民ッ!!勝負はまだ全然ついちゃあいない!!」 そうとも貴族が平民に負けるわけがない!長年の間に染み付いた選民意識は そう簡単には変わらない。ギーシュはまだまだ勝てると思っていた。 「僕の魔法がワルキューレだけなんて思わないで欲しいね!!」 そう言い放つがいなやギーシュは呪文を唱え出した。 「くらえッ!石礫をーーッ!!」 言うがはやいか、ギーシュのかざした杖の先に出現した大量の石塊が ギアッチョめがけて降り注いだ! 「チッ・・・!」 ギアッチョは走って身をかわそうとするが、広範囲に撃ち出された石の雨は とても避けきれるものではない。石の一つがギアッチョの左足に直撃したッ! 「ぐッ!!」 石に片足をつぶされ、ギアッチョは思わず膝をついた。そんなギアッチョを 見下ろしてギーシュは今度こそ確信した。 「ハハハハハハハッ!どうだッ!!これが僕の力さ!!平民如きが偉そうに してくれたが・・・今度は僕の番だッ!!体中を穴だらけにしてやr」 「あーあー ちょっといいかギーシュさんよ 靴の紐が解けちまったみてーで よ・・・ 今から結ぶんで少々待っちゃあくんねーか」 もはや走ることも出来ないというのに、ギーシュの口上をさえぎってギアッチョは のんきに靴をいじりだした。 「こッ・・・この男・・・!!あの世で詫びろ!!喰らえ石礫ーーーッ!!」 キレたギーシュは石礫を跪くギアッチョ目掛けて発射し、 「全くよォォ~~ バカとハサミは使いようってやつだよなァアァ」 その瞬間ギアッチョは薄く笑って後方に飛びのいた! バガガガガッ!! ギアッチョを狙っていた石礫はその全てが地面に命中し、その衝撃で辺りは 土煙に包まれる! 「何ィィィーーーーッ!?奴はこれを狙っていたっていうのか!?な、何も見え ないッ!!」 土煙はギアッチョの姿を完全に覆い隠した。ギーシュはギアッチョのいた 場所から距離をとると、石礫をいつでも発射できるように呪文を唱えて杖を 構える。そして彼が呪文を唱え終る辺りで、 「さぁ姿を見せろ・・・お前は走れない、この一撃で終わりだ・・・ッ!!」 徐々に煙は薄れ・・・そして、ギアッチョが姿を現した!! ギアッチョは先ほどまでと殆ど変わらない場所に立っている。 ――何かをするつもりか・・・!? とギーシュは考えたが、 「しかしこっちのほうが早いッ!!」 ギアッチョが動く前に速攻で石礫を撃ち出した!!石礫は目にも留まらぬ 速さでギアッチョに飛来し、そして命中―― ギュインッ!! 「・・・何の・・・音だぁぁ~~!?」 ギアッチョは変わらずそこに立っている。そして何かの音だけが不吉に響きだした! ギアッチョはギーシュにだけ聞える声で答える。 「この煙がいい・・・おかげでギャラリーに姿を曝すことなく・・・一瞬だけ発動できた・・・」 バヂッ!!ギュイン ギュイン!! 「な・・・何の事だ・・・ッ!?」 ギュイン!!ギィンッ!! 「ジェントリー・ウィープスッ!スタンドパワーは使うがよォォ~~ いい感じに固定出来たぜ・・・」 ギィンッ!!ギュインッ!! 「だ・・・だから何の事なんだッ!!」 ギュイィンッ!!ギィィン!! 「眼をこらすんだな・・・てめーには見えないか?止まった空気が 見えないか!?よく見ろよッ!!」 バッギィィイーーーーーンッ!!! 「バッ・・・バカな・・・」 ドスドスドスドスドスドスドスッ!!! 「ガフッ!!」 飛来した無数の石の弾丸は、ギアッチョの周りに作られた凍った空気の壁に 遮られ、ギーシュ自身の元へと跳ね返ったッ!! 「反射魔法・・・!?ねぇルイズ!あいつ一体何者なのよッ!!」 キュルケはルイズに問い詰めるが、 「そんなこと私だって知りたいわよ!!」 ルイズにも答えることは出来なかった。ギアッチョのいた世界やその境遇などは 一通り聞いたが、ギアッチョの使っている能力については、「スタンド」という 名前であるということしか教えられていなかった。ルイズにも彼の力の正体は 分からなかったのである。冷静に戦況を見ていたタバサでさえ、ギアッチョの 「反射魔法」の正体は分からなかったのである。 「どんな感じだァ?てめーの魔法でやられる気分ってのーはよォォ~~」 ギアッチョは無慈悲にギーシュを見下ろしていた。ギーシュの全身には 血まみれの穴が穿たれているが、彼はまだかろうじて意識を保っていた。 しかしギアッチョは容赦をしない。おもむろにギーシュの首をつかむと、 グイッ!と持ち上げた。 「オレはてめーに言ったよなァアァーー・・・ 殺される『覚悟』は出来てんのか ってよォォォ え?どうなんだオイ『覚悟』は出来てんだろーなァァア!!」 「・・・う・・・うう・・・ ぼ・・・僕が・・・悪かった・・・謝る・・・き・・・君にも・・・ ルイズ・・・にも・・・ だから・・・た・・・助けてくれないか・・・お願いだ・・・」 その言葉に、ギアッチョの眼に明確な殺意が宿る。 「人をよォォ・・・殺そうとしておきながら・・・ え? 何なんだそりゃあ? まさかとは思うがよォォーーー 貴族だから殺されるはずがない・・・なんて 思ってたんじゃあねーだろーなぁあ」 ギーシュは朦朧とする意識の中で、必死に命乞いをする。 「・・・あ・・・ああ・・・思って・・・いた・・・ 僕が・・・悪かった・・・ だから 頼む・・・ お願いだ・・・死にたく・・・ないんだ・・・」 「人に道を作るのは『覚悟』だ・・・ てめーは負けて死ぬ『覚悟』がなかった ばかりか・・・ルイズに対して責任を取る『覚悟』すらねぇ・・・ 『覚悟』がない てめーはよォォーーー・・・! その命で責任を果たしてもらうぜェー!!」 ギアッチョはギーシュの首に力を込める! 「待って!やめてギアッチョッ!!」 声の主はルイズだった。ギアッチョはギーシュの首をつかんだままルイズを見る。 「何故止める?こいつは『覚悟』もなくおめーの命を侮辱した・・・ 償いは てめーの命でするべきだ」 「そうね・・・私は凄く悔しかったわ・・・だけどだからって殺すのは違うわ ギアッチョ、ここはあなたのいた場所じゃない・・・日々『覚悟』を持って 生きてる貴族なんかどれほどもいやしないわ あなたが思っているより ここはずっと甘くて怠惰な場所なの 常に『覚悟』と『責任』を果たさせようと するあなたはここでは異質な存在なのよ ・・・異質な平民の噂が宮中に 届けば・・・決闘だろうがなんだろうが関係ない あなたが何かをしでかす 前に 貴族を殺した罪で処刑されてしまうわ」 ギアッチョは色のない瞳でルイズを見つめる。 「・・・それに 私はギーシュに侮辱を償ってもらいたいんじゃないわ いつか魔法を使えるようになってこいつを見返してやりたいのよ」 それを聞いたギアッチョの双眸に、スッと色が戻る。そして、 ドサッ! ギーシュを投げ捨ててギアッチョはルイズに向き直る。 「しょーがねぇなぁぁ お嬢様の頼みとあっちゃあ仕方ねー これで 勘弁してやるとするぜッ マンモーニ!!」 ギアッチョがそう宣言すると、ギャラリーからどっと安堵の息が漏れ、 そして彼らを掻き分けるようにして派手な金髪の少女がギーシュに駆け寄る。 モンモランシーだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2049.html
「・・・それじゃあ開けるわよ・・・」 揺らめく炎が微かに照らす岩壁に、少女の声が反響する。誰も近寄らない魔物の 巣窟、その深奥に安置された古びたチェストに手を掛けて、キュルケは真剣な 眼でルイズ達を見た。少し汚れた顔を皆一様に頷かせたことを確認して、 ゆっくりと蓋を開く。 キュルケの地図によれば、犬にされた王女の呪いを解除したとも、王に化けた トロールの魔法を見破ったとも伝わる「真実の鏡」がこの洞窟に隠されていると いう話だった。もし本当ならば世紀の大発見である。期待と不安の眼差しの中、 箱の中から姿を現したのは―― 「なッ・・・!」 粉々に割れた鏡の残骸だった。 「何よそれぇ~~~・・・」 糸が切れた人形のように、キュルケ達はへなへなとへたり込んだ。 「み、見事に割れちゃってますね・・・」 「・・・真贋以前の問題」 脱力するシエスタの横で、流石のタバサも疲労の溜息をついた。 「・・・戻るか」 頭を掻きながら呟くギアッチョに異を唱える者はいなかった。 その夜。 「はぁ~~~~~~・・・・・・」 適当に見繕った洞穴に腰を下ろして、ギーシュは深く息を吐き出した。 「七戦全敗とはね・・・」 焚き火に手を当てながら首を振る。 そう。現在消化した地図は八枚中七枚、そしてその全てが到底お宝等とは 呼べないガラクタのありかであった。 炎の黄金で作られた首飾りが隠されているはずの寺院にあったのは、真鍮で 出来た壊れかけのネックレス。小人が遺跡に隠したという財宝は、たった六枚の 銅貨だった。それでも何かが出てくるならばまだいい、中には地図に描かれた 場所自体が存在しないことすらあった。 「ま、いい経験が出来てよかったじゃあねーか」 ギアッチョが戦利品の欠けた耳飾りを眺めながら言う。彼の言ういい経験とは、 無論実戦経験のことである。この数日間否応無く化物の群れと戦い続け、 ルイズ達は最後にはギアッチョの助けが無くともそれらを殲滅出来る程に なっていた。 「おかげさまでね・・・」 「懐が暖まらないのは残念だけどね」 そう言いながらも、不思議とキュルケに悔しさは無い。そして、それは皆同感の ようだった。 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ルイズは静かに言う。 「でも・・・楽しかった」 「・・・そうだね」 その言葉に、皆の顔から笑みがこぼれる。傍から見れば何の得も無い、くたびれ 儲けのつまらない旅行だろう。しかし――損だとか得だとか、そんなことは彼女達 にはどうだっていいことだった。 眼に見えるものは何も無い、手に取れるものは何も無い。だが彼女達が手に入れた ものは、だからこそその胸の中で強く輝いている。 「・・・これ・・・」 ルイズは手のひらに慎ましく乗っている六枚の銅貨に眼を落とす。それは今回の 数少ない戦利品の一つだった。とは言え、とりたてて古銭というわけでもない 上どれも皆錆び放題に錆び、あちこちが傷つき欠けている。とりあえず持ち 帰ったはものの、どう考えても買い取り不可であろうこれをどうしたものか、 皆の頭を悩ませている一品であった。 「・・・・・・これ、皆で一枚ずつ持たない?」 しばし考えた後、ルイズはおずおずとそう言った。 「・・・分配?」 意味を量りかねて、タバサは小首をかしげる。 「ううん、そうじゃなくて・・・」 「こういうことだろう?」 そう言ったのはギーシュだった。ルイズの手から銅貨を一枚取り上げると、 錬金で中央に小さく穴を開ける。ガラクタの中からネックレスを取り出し、 穴に通して首にかけた。 「う、うん・・・」 ズレてはいるが殊更外見を気にするギーシュが躊躇い無く銅貨を見につけた ことに、ルイズは聊か驚きながら首を頷かせる。 「・・・解った」 得心した表情で立ち上がると、タバサもまたルイズの掌から銅貨を一つ掴む。 後に続いてキュルケが二枚をその手に取った。 「ほら、シエスタ」 「へっ?」 焚き火に鍋をかけていたシエスタは、キュルケに差し出された銅貨に眼を丸く する。一拍置いて、ブンブンと手を振ると慌てた口調で言葉を継いだ。 「そそ、そんないけません!折角の宝物を私のような平民に――きゃっ!」 キュルケはシエスタの額を中指で軽く弾いて言う。 「全く、まだそんなことを言ってるの?平民だとか貴族だとか言う前に、 私達は友達じゃない 大体、貴族と平民に違いなんて何も無いことは貴女が 一番よく知ってるでしょう?」 「・・・そ、それは・・・」 「ん?」 シエスタの瞳を覗き込んで、キュルケは優しく微笑む。シエスタは少しの間 銅貨を見つめて逡巡していたが、やがてキュルケと眼を合わせて口を開いた。 「・・・私でも――いいんでしょうか」 「よくない理由が無いわよ」 きっぱりと、キュルケは断言する。シエスタは少しはにかんだ笑みを浮かべて、 静かに銅貨を受け取った。 「ありがとうございます・・・ミス・ツェルプストー」 「き、君達いつの間にそんな関係にッ!?」 「どんな関係も無いから鼻血を拭きなさい」 何やら興奮した面持ちのギーシュを適当にあしらうと、キュルケはルイズに 視線を移して、 「ほら、まだ残ってるでしょうルイズ」 「・・・うん」 意味するところを察したらしいルイズは、掌に残った銅貨を一枚取り上げて、 ゆっくりとギアッチョに差し出した。 「受け取って、くれる・・・?」 「――・・・・・・」 ギアッチョは答えずに錆びてひしゃげた銅貨を見つめる。 これは児戯だ。心に風が吹けば飛び、薄れ、消えてしまう記憶を、それでも 留めておきたい子供の。 ――それでも。彼女達にとっては、この銅貨は紛れも無い宝物になるだろう。 ギアッチョは口を閉ざす。黙ったまま――その眼差しに万感を込めるルイズから、 銅貨を受け取った。 「ギアッチョ・・・」 ルイズの、キュルケ達の顔が綻んだ。どうにも居心地が悪くなって、 ギアッチョは銅貨に眼を戻す。薄くて軽いそれが、少しだけ重さを増した ように感じた。 「さ、皆さん お食事が出来ましたよ」 やがて完成したらしいシチューを、シエスタは鍋からよそってめいめいに配る。 食前の唱和もそこそこに、動き疲れたルイズ達は少々はしたなく食器に手を 伸ばした。 「・・・おいしい」 食べ慣れないが実に美味しいシエスタの料理に、ルイズ達は揃って舌鼓を打つ。 兎肉や種々のキノコにルイズ達が見たことも無いような山菜が入ったそれは、 聞けばシエスタの村の――正確には彼女の曽祖父の、郷土料理なのだと言う。 それから、話題はそれぞれの郷土のことに移った。少し酒の入ったギーシュは 饒舌にグラモン家の領土を語り、それを皮切りに皆わいわいと言葉を交わし 始める。ギアッチョも酒を傾けながら時折話に混ざっていたが、それを見て タバサがふと思い出したように呟いた。 「・・・貴方は?」 「あ?オレか?」 「そういえば、ギアッチョの話は聞いたけどそっちの世界の話は聞いて ないわね 良ければ聞かせて欲しいわ」 「・・・そうだな」 キュルケの言葉に、空になった杯を弄びながら答える。 「前にも言ったが、最も大きな違いは魔法なんてもんが存在しねーことだ」 「君のようなスタンド能力はあるのにかい?」 「こいつは例外中の例外だ スタンドを知ってる人間なんざ、さて世界に 何人いるかっつーところだな ・・・ま、そう考えるとよォォ~~~、 魔法使いがひっそり存在してるって可能性も否定は出来ねーが ともかく 殆ど全ての人間が魔法なんて知らねーし信じちゃあいねー そういう世界だ」 ギアッチョの説明に、キュルケ達は一様に不思議な表情を浮かべる。 「何度聞いても想像出来ないな・・・ ということはマジックアイテムも 無いんだろう?不便じゃないかね?」 「不便ってのは便利さを知って初めて出る言葉だと思うが・・・ま、別に んなこたぁねー 魔法の代わりに、地球の文明は科学によって発展してきた」 「・・・科学」 「あの教師――コルベールか?いつだったか、授業で簡単な内燃機関を 披露してたがよォーー、例えばあれを応用すると馬車より速い乗り物を 作れる 国にもよるが、大半の人間はそいつを足に使ってるな」 「えーっと・・・?」 案の定と言うべきか、今の説明を完璧に理解出来た者は居ないようだった。 眼鏡をかけ直す仕草の間に、ギアッチョは解りやすい例えを捻り出す。 「・・・簡単に言うとだ」 軽く居住まいを正すと、片手で天井を指しながら、 「あの飛行船・・・あれを動かしてる動力があるだろ」 「風石」 間を置かず補足するタバサに頷いて続ける。 「そいつを人工で作り出したみてーなもんだ」 おおっ、と全員が驚いた顔になる。 「凄いじゃない!魔法も使わずにそこまでのことが出来るなんて!」 得心がいって俄然興味が沸いたのか、キュルケが少し身を乗り出して言った。 いかにも非魔法的技術に特化したゲルマニアの貴族らしい反応である。 「あら・・・?ということは、コルベール先生は雛形とは言えそれを 一人で作り上げたということ?」 「そういうことだろうな」 油と薬品の臭気が漂う研究室で独り研究に明け暮れる奇矯な教師、という 学院一般の評判を思い出してギアッチョは答えた。「そう・・・」呟くように 言うと、キュルケは少し複雑そうな表情を見せる。 「それじゃ、他にはどんなものがあるの?」 続けて問い掛けるルイズに、ギアッチョは面倒というよりは怪訝な視線を 向けた。 「おめーにゃあ何度も話してるじゃあねーか」 「そうだけど、もっと詳しく聞きたいんだもの それに、皆は初めて聞く ことでしょ」 「ギアッチョさん、私ももっと聞きたいです」 ルイズとシエスタの言葉に、ギーシュが頷きで賛同の意を示す。ギアッチョは ガシガシと頭を掻いて、一つ溜息をついた。 「・・・ま、別にかまわねーが」 とは言え、乱暴な言い方をするならば殆ど何もかもが違うような世界である。 はて何から喋ったものかとギアッチョは一人思案した。 先端科学の話でもするかと考えたが、観測者の存在が観測結果に影響を与える 等と言ったところで理解は難しいだろう。考えた末に比較の可能な乗り物から 話すことにすると、ギアッチョは手近な小石で地面に絵を描き始めた。 「飛行機っつー代物があってな・・・」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4810.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 ―――枷から解かれた猟犬の勢いで迫る、鈍い光沢を持つ戦乙女を模した彫像。 凡そ金属で出来ているとは思えない、しなやかな動きと軽捷さは驚くに足る。 突進した勢いもそのままに、ゴーレムの右拳が龍麻の顔面へ飛ぶ。 僅かに身を逸らし拳に空を切らしたが、続けざまに横蹴りが唸りを上げて迫るも、その軌道上に 龍麻の体は無い。 三撃目、外れ。 四撃目も同様。掠りもせず、単に空を掻き乱したに留まる。 (見かけに反して、よく動くな……) と、左からの巻き込むような一打をいなし、龍麻は思考を巡らせる。 ……確かに、自慢するだけの事は有る。 心得の無い人間なら、まず躱せもせず一撃で地面に転がり、悶絶しているだろうし、振るわれる 金属製の四肢はそれ自体が兇器足りうる。 当たり所に因れば容易に骨を砕き、身を潰せるだろう。 けど……、それだけだと。技の出にタイミングも、常識の範疇を出る物では無く。直線的で技巧とは 無縁の攻撃は、真に脅威足り得ない。 再び迫る右拳。ゴーレム自身の重さを乗せて放たれた、速さも充分な一発だ。 ―――だが。 (いい加減、見え透いてんだよ……!) 龍麻の動きはより早く、重く苛烈な物であった。 ゴーレムの拳が伸びきるのに先んじて、龍麻のそれが完璧なカウンターとなって顔面に突き刺さっていた。 大きく仰け反り、揺らいだ上体が均衡を取り戻す前に。 「呼ぉォォォ…せぃりゃあッッ!!」 獣の咆哮じみた雄叫びが迸った。 傍目には、四肢が幾つにも分裂したかと錯覚させる程の速度で打ち込まれる、『氣』を込めた無数の突きと 蹴り。 秘伝の一、『八雲』。それは人間はもとより、「鬼」すら撲殺しうる拳打と蹴撃の怒涛である。 風切り音と打撲音、金属が歪み罅割れる不協和音の三つが連続し、 「破ァッ!!」 裂帛の気合に続く右掌打が胴を痛打し、一時的な空中移動を強制された後、土煙と芝草の切れ端を舞い上げながら 地面を滑り、跳ね転がっていくゴーレムの体は、とうに原型を留めていなかった。 それを悠長に眺めたりはせず、龍麻は身を低くし、高めた『氣』を腕に集中させながら地を蹴り、弾丸と化して 疾駆する。 ―――相手が式神使いの類なら、手駒はあれ一体でないのは自明だし、出してくる奴等を逐一斃していてはキリが無い。 なら、操り手自体を打倒、無力化するのが定石である。 その先に立つギーシュ。…が、その顔には、まだ余裕ある笑みが貼り付いている。 ―――成る程。まさか素手で自分のゴーレムを制し、殴り倒すなどとは予想だにしなかった。 流石に驚いたし、その点だけは平民の分際で変わった芸風だと、褒めてやってもいい。 だが……、あれが自分の実力の全てであり、それしきで勝ったつもりでいるのなら、それは大きな失敗であり、 メイジとしての自分を侮った報いを受けて然るべきだ、と。 「調子に乗るのは遠慮してもらおうか!」 叫ぶや、即座に呪を紡ぎ、薔薇の造花を象った杖を振るう。 先程と同じく、青銅のゴーレムが造り出される。但し―――今度は、六体。 楽団の指揮者の如く、居並ぶ影に命を下す。 「往け、ワルキューレ! あの不埒な平民を揉み潰すんだ…!」 その声が響くや一斉に動き出し、龍麻へと殺到という表現そのままに迫り、半円状に攻囲する。 だが、龍麻とて黙って包囲されるのを待つ程、甘くも抜けてもいない。 一瞬だけ腰を落とし、その場で跳躍。宙で一回転して突進をかわし、 「掌ッ!!」 右腕を突き出し、眼下でがら空きの背中を曝すゴーレムに『掌底・発剄』を放った。 背後からの衝撃をまともに食ったそいつが受身も取れず、頭から地面に突っ込むのと同時に着地。囲みから脱ける や即座に身を翻し、龍麻は最も近い位置に居る奴へと躍り掛かる。 丁度、振り向いた奴の鼻面に掌打を見舞い、あるいは『龍星脚』を叩き込んで吹き飛ばし、最初に発剄を喰らった 奴が起き上がろうとした所へ、もう一発『龍星脚』をくれてやる。 胴から首を引き抜くような…ではなく、事実付け根から折れ飛んだゴーレムの首は、不恰好なボールとなって観客の 頭上を越え、遥か向こうへと飛び去った。 ……一秒たりとも足を止める様な事は無く。常に場全体と敵の動きを見越し、先回りして出来る限り多対一の状況を 避けられる位置取りに傾注する。 間合い外の奴には牽制の発剄を放ち、あるいは今戦り合っているゴーレム自体をも障害物として使い、捻出した数秒 を生かして次の相手と対峙する。 ―――個々の相手にダメージを与えつつ、最初の二体はそうして片付けた。 鉄槌となって落ちかかる一打を打点をずらしつつ受け、威力を削いだ所でひっ外すや、より迅速く鋭くその内懐へと 踏み込むのと捻り込む様に右掌を奔せるのは同時……!! 「螺旋掌!!」 ゴーレムの胸甲を掌が打ち貫いた瞬間、腕に纏わせた螺旋状の『氣』を開放する。 耳を聾する風切り音を伴い、水平に伸びる竜巻の如き波動がゴーレムを呑み込むと、藁人形の脆さで吹き飛ばし、そ の手足を飴細工宜しく捻じ曲げていく。 ……間にも、龍麻は次の相手と見なした奴と渡り合っている。無形の害意と共に襲い来る金属の腕を左手にて捌く と同時に、手首を返して二の腕部分を掴み引き寄せながら一足で間合いを詰め、毒針のような肘の一撃を顔の下半分 に捻じ込む。 そこから一瞬の遅滞も隙も無く、沈めた体を反転させつつ脚を払うと掴んでいたゴーレムの腕を両手で担ぎ、全身の 発条を使って、その体を撥ね上げる。 見本として教本に掲載りそうな程に綺麗な一本背負いが決まり、ゴーレムの体は軽々と宙に舞った。 足元は石畳ではなく土がむき出しだったが、それでもゴーレム自体の重さと重力により投げの威力は上乗せされ、 垂直に落下して地面と親交を結ぶ事になった頭部は、半ば胴体にめり込んだ。 「噴ッ……!」 短く、吐く様な声と共に、すかさず追い討ちが入る。全体重を掛けた震脚に類する一撃で胴体を踏みしだき、続けて 突き下ろした拳で胸部に頭を砕き潰し、止めを刺す。 更に後背から肉薄する影を察知…するのと、横撃はほぼ同時。 しかし……、奇襲の筈のそれすら龍麻を捕捉えるには至らず、倍する反撃を招いたに過ぎない。 一瞬前まで、龍麻の頭が在った空間をゴーレムの拳が通り抜け、振るわれた拳が戻るよりも早く、鬼をも倒すと称さ れる、風を裂いて繰り出す剛速の回し蹴り一閃。 手応えに続き、ゴーレムは「く」の字に折れて吹き飛び、勢い余って周りを囲む野次馬達の中へと転がり込む。 不意のアクシデントに罵声と悲鳴が上がるが、そこまで龍麻の知った事ではない。肝要なのは、今のが都合五体目と いう事。残る敵は、一体と一人のみ……! ―――ギーシュの顔からはとうに笑みは消え、思考は焼け付く寸前であった。 自分が錬成し、使役する七体のゴーレムの実力は、場数を踏んだ完全武装の傭兵の一団を相手取れるのだ。 だと云うのに。 抑えとして残した一体の他は悉く叩きのめされ、不恰好なオブジェとなって地面に転がっている。 在り得ない。 馬鹿な。 全く、予想外の事だ。 異常、過ぎる――― 「まっ、守れっ! あいつを近づけさせるなよ……!」 泡を食い、落ち着きの無い声で指示を出した次の瞬間。 二つの影が交錯した刹那、ギーシュの両眼は更なる驚愕の余り、見開かれた。 やにわにワルキューレの全身が松明の様に燃え上がり、焔の塊と化したのだ。 龍麻が掌打に乗せて繰り出した、激しい炎氣に炙られて何度か藻掻く様な仕草を見せるが、ものの数秒で各部が熔け落 ち、その動きを止める。 「な、何なんだ、お前は……!? へ、平民風情が、なんでこんな、こんな魔ほ……!!」 其れまでの「常識」を悉く目の前で覆され、恐慌に陥った頭で意味を成さぬ語句をギーシュが喚く間に、勝敗は決した。 疾走り寄る影にたじろぎ、それでも何かしら呪文を唱えようと振り上げた腕に何かが掛かったとギーシュが感じた時に は、既に手首から肩に至る迄の関節を極められながら背後へと回り込まれたのに留まらず、脚を蹴りつけられてつんの めり、上体が泳いだ所に伸びてきた掌が肉食獣の顎の様に頚椎を咥え込み、がっちりと掌握していた。 ……一瞬の早業であり、熟達した武術使いが身体に染み込ませ、呼吸同然に繰り出す技の発露である。 ギーシュが気付いた時には、右腕を源とする鈍痛が全身を走り抜け、頸に掛かる力によって喋る事もままならない。 幼い頃に躾と称して、父や家庭教師に尻を鞭打たれて以来の痛みは骨の髄にまで堪えたが、貴族たる自分が大勢の 観衆の前で平民等に捻じ伏せられ、頭を押さえ付けられている様への屈辱感に、何一つ出来ないまま軽くあしらわれて いる今の自分の不甲斐無さに向けた怒りはそれに優った。 「こ、の…放したまえ……!」 みっともない悲鳴を飲み込み、どうにか声を搾り出すと、身体を揺すり自由な左手を使い、下腹に力を込め振り解こう とするが、小揺るぎもしない。 尚も抵抗しようとするギーシュだったが、 「寝てろ」 極短い、宣告じみた呟きの意味を理解するよりも早く、後頭部に振り落とされた龍麻の拳は、ギーシュの意識を綺麗に 刈り取った。 「がっ……!」 くぐもった悲鳴一つを残して地面に倒れ込み、動かなくなる。 『ギーシュが負けたぞ!!』 『あいつ、只の平民じゃ無かったのか!?』 『それより、なんで杖も無いのに魔法が出るんだよっ!?』 『まさか、先住魔法か!? 信じられん!!』 そんな野次馬達のざわめきが沸騰する中、龍麻の表情に勝ち誇る様な色は絶無であった。 ……ギーシュの言い分を唯々諾々と受容すべきではなかったろうが、さりとて張り倒した所で、なんら事態の根本的解決 にはなってない上に、狼藉を振るった事への倦厭さはより大きかった。 (……全く。行きがかり上とはいえ、我ながら莫迦な事で拳を振るっちまったし、人前でああも派手に“力”を使ったの はもっと拙いなぁ……) 今更ながら自分の失策に気付くと共に、自分の所業を師匠が見たらさぞ不機嫌になるだろうと想像して、苦虫をダース単位 で噛み潰した面持ちのまま広場を離れようとした所で、人混みを掻き分けてルイズが出て来る。 「あんた……、平民なんかじゃなくて、本当はメイジだったのね?」 何と答えたものか…と、龍麻が思案していた時に、ルイズが機先を制してそんな一言を発する。 「だったらどうする? …ま、冗談はともかく、俺は魔術師なんぞじゃないけどな」 「嘘ばっかり! メイジでもない平民が、金属のゴーレムを素手で壊したり、離れた場所にいるのを吹き飛ばしたり、 燃やしたりなんて出来る訳無いじゃない!!」 「事と次第によっちゃ出来るだろう。俺は只、人間誰しもが持っている物を引き出しただけだ」 不信も露な表情と半ば怒声に近い剣幕で噛み付くルイズとは真逆に、淡々と答える龍麻。 しばし視線をぶつけ合う二人だが、やがて龍麻の方から視線を外すと、その脇をすり抜けて人垣の向こうへ足を向ける。 「ちょっと! どこに行くのよ!? 話はまだ終わってないわよ!!」 「此処で話せる様な事じゃないだろ。…ま、信じるかどうかはともかく、話はちゃんとするさ。俺もアンタに訊きたい 事があるしな」 後は一顧だにせず、龍麻は野次馬の壁を突っ切って進み、ルイズの視界……ヴェストリの広場から去った。 その後を追おうとルイズが一歩を踏み出した所に、 「ぅ、う~~~~ん……」 背後からの呻き声に振り返れば、数人の生徒に介抱されていたギーシュが身体を起こしていた。痛みに顔をしかめつつ、 手を額に添えて頭を振っている。 「ルイズ。彼は何者なんだ? この僕の『ワルキューレ』を倒すなんて……」 「何者って……、ただの平民でしょ。本人がいうにはね」 「けど、ただの平民に僕と、僕の『ワルキューレ』が負けるだなんて思えない」 「ふんだ。あんたが弱かっただけじゃないの?」 憎まれ口を叩きながらも、 (なんなのよ、あいつ……?) という、自分の使い魔のした事への疑問と驚きが、平民がメイジに勝ったという事実と共に、彼女の頭の中を占めていた。 (あいつは、ただ腕を突き出しただけで、ゴーレムを吹き飛ばしたり、炎で溶かしちゃったわ……。杖も持ってないし、 呪文を唱えている様にも見えなかった……。あれが、ペテンや誤魔化しじゃないのなら、まさか先住魔法みたいなのを使 えるのかしら……?) 自分達メイジが為す様々な秘術、奇蹟とはまた異なる業。 この地に住まうヒトならざる者達が操り、明確な理解も行使も叶わぬ、人智と常識からかけ離れた超常の異端にして異能。 解らない。 一体、あいつは何者なのか。只の平民の癖に何故、あんな事が出来るのか。 あんなの、今迄見た事も無ければ、話に聞いた事も、本に書かれてもいない。 何一つ……解らず、この目で見て尚、信じられない。 ―――そんな、何も解らない事への苛立ちと不安に、御主人様に払って然るべき敬意や礼節が欠けた態度への不満。 最後の最後に、酷い怪我もせず、勝った事への安堵がほんのちょっぴり。 そういった入り混じる感情の処理に、ひとしきり難渋したルイズは。 「本当に! 使い魔の癖に勝手なことばっかりして!!!」 と、人気が減りつつある広場全体に響く様な大声で発散を図ったのだった。 ―――学院長室 報告を受け、一連の騒ぎを監察していた二名の教師にとっても、事の結果は驚くべき物であった。 「あの平民、勝ってしまいましたが……」 既に何も映らなくなった鏡を前に、微妙に震えを帯びた声で呟くのはコルベール教諭。 片や、オスマン老は腕組みし、「うむむ……」という呻きを洩らす。 「ギーシュは一番レベルの低い『ドット』メイジですが、それでも只の平民に遅れを取るような物ではありません。 それにあの動き! 素手で青銅製のゴーレムを叩き伏せたに止まらず、彼は……!」 「……恐らく、『エア・ハンマー』に『ウィンド・ブレイク』かの。かてて加えて、『火』の魔法。―――但し、それに 類似する物を杖を持たずして使って見せたがのう……。あれもまた、『ガンダールヴ』の力とでも云うのかね……」 長い白髯を扱きつつ、思案する学院長を促す様に、コルベール教諭は口を開く。 「オールド・オスマン。早速、王室に報告して、指示を仰がない事には……」 「それには及ばん」 「どうしてです? これは世紀の大発見ですよ! 現代に甦った『ガンダールヴ』!」 何故に、と言いたげなコルベール教諭の前で学院長は眉を寄せ、謹厳な声と表情を保ったまま、徐に口を開く。 「ミスタ・コルベール。『ガンダールヴ』は只の使い魔では無い」 それに頷いたコルベール教諭は、記録の中に僅かに残る、『ガンダ-ルヴ』に纏わる伝承を並べ立てる。 ―――曰く。千人もの軍隊を単騎で潰滅せしめ、凡庸のメイジを全く寄せ付けない程の力。 その本質はメイジの本質的欠点である、呪文詠唱時に生じる隙を補い、護る為に特化した存在である……、と。 「…で、ミスタ・コルベール」 「はい」 「その青年は、本当に只の人間だったのかね?」 「はい。出で立ちこそ奇矯でしたが、紛れも無く只の平民でした。召喚の儀の際、念の為『ディテクト・マジック』で 確かめたのですが、正真正銘、只の平民の青年でした」 それを聞いて、オスマン老の表情の各所に皺が寄っていく。 「じゃが……。『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使いこなしたというが、彼は丸腰じゃったな。君が描き記した例のルーン といい、あの闘いぶりといい、頷けなくもないが、仮にあの青年を『ガンダールヴ』だとすれば、それを召喚したのは……」 「ミス・ヴァリエールです。オールド・オスマン」 「彼女は優秀なメイジなのかね?」 「いえ、というか、むしろ無能と言うか……」 オスマン老の問いに、コルベールの顔から其れまでの興奮や興味の色は薄れ、どこか歯切れの悪い表情と口調で答える。 「さて、そこが問題じゃ。無能なメイジが召喚び出し、契約した平民がどうも只の平民にあらず。しかも……、伝説に記述 されし紋章と同一の物をその身体に持つという事実をどう考えたものか」 「そうですね……」 と、思案顔えを突きあわせ、ひとしきり考え込む教師二人であったが。 「―――ともあれ、この件は私が預かる。他言は無用じゃ、ミスタ・コルベール」 「は、はい。学院長がそう仰るならば」 「宜しい。……未だ確証を欠くとはいえ、実際、王宮のポンクラ官吏共に彼とその主を渡す訳にはいくまいて。宮廷で暇を 持て余す連中が知った物なら、またぞろ戦でもやらかしかねん。兵事と政事を弄ぶ様な手合の玩具とするには、危険に過ぎる わい」 「ははあ。学院長の深謀遠慮には恐れ入ります」 「うむ。……それと、彼等の動向には充分に注意を払ってくれ給え。偏に学院の調和と安全が掛かってくるやもしれんからのう」 「はい! 畏まりました!」 直立不動の姿勢で答えるコルベールに頷いてみせ、執務卓に陣取ると、 「では、私はこれで……」 一礼し、学院長室を後にするコルベールの背を見送りながら徐に水煙管を取り出し、悠然と燻らせるオスマン老。 ―――そこから数百メートル離れた場所では。そんな密談、裏事情なぞ露知らず。龍麻は放置されていた朝と変わらぬお粗末で 冷めた食事(エサ)を廊下に立ったまま、掻き込んでいたのであった。 前ページ次ページゼロの使い魔人
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4302.html
前ページ次ページゼロの使い魔はメイド シャーリー・メディスンが魔法の世界ハルケギニアに召喚されて、数日がすぎた。 少しずつ新しい環境にも慣れ、少女は元気に毎日を生きている。 召喚主であり、雇い主であるルイズのメイドとして。 本来はメイジを守る使い魔と召喚されたわけだが、凡庸な十三の少女にそんなものを求めるほうが間違っている。 というわけで(ルイズにすればやむなく、だが)、シャーリーはメイドになった。 元もとメイド志望であった少女は、予期せぬことながらも、一応希望通りの職につくことができたわけである。 ある意味結果オーライというやつかもしれない。 時刻はお昼前。 まだ主人が授業を受けている間、シャーリーは洗濯にはげんでいた。 ルイズの分は早朝時に終わっている。 これは、他のメイドの手伝いだ。 他の使い魔は主人と一緒に教室にいるものもけっこういるが、シャーリーの場合は主人から、 「部屋の掃除でもやってて」 ということで、基本として授業中は別行動。 ルイズとしては、失敗魔法をシャーリーにあまり見られたくなかったということもあった。 「……」 シャーリーは手際良く洗濯をしながら、時々手を止めて、右や左を見る。 それから、また洗濯に専念する。 こういったことを何度も繰り返していた。 水汲み場周辺は、軽い動物園状態になっていたのだ。 犬や猫、小型のクマや狼、鳥やカエル。 地面から顔をのぞかせる大きなモグラ。 目玉のお化けや、蛸人魚やら脚のたくさんあるトカゲ。 紋章から抜け出したような怪物たち。 そんな連中がたむろしている。 幸いみな一様におとなしく、襲ってきたり暴れたりということはないのだが、シャーリーの心境は複雑である。 正直言ってけっこう、いやかなり怖い。 犬や猫ならまだしも、目玉お化けや火を吐く大トカゲなどはあまりお近づきになりたくない。 いない時を見計らって洗濯をしても、使い魔たちはいつの間にかウヨウヨ集まってくるのだ。 この使い魔というのは、 (猫みたいに集会でもつくる習性があるのかな?) というようなことを考えながら、シャーリーは洗濯にはげむ。 ほどなくして。 ぱしゃぱしゃ。 「?」 隣で水音がした。 他のメイドでもきたのか、と思い横を見やると、 「!?」 シャーリーは驚くべきものを見た。 横にいたのは人ではなく、おそらく誰かの使い魔であろうアライグマであった。 だが、問題はそこではない。 問題なのは。 後に、シャーリーはルイズにこう語っている。 あ…ありのまま目の前で起こった事を話します…。 『水音がするので誰かきたのかと思ったら、隣でアライグマが洗濯をしてました』。 な…何を言ってるのか、わからないと思いますが、私も何が起こってるのかわからなかったです……。 催眠術だとか幻覚だとかそんなもんじゃ絶対ありません…。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました…。 アライグマが洗いものをしている。 そんな冗談のようなことが、シャーリーの目の前で起こっていた。 よく見てみれば、洗っているのはまだ洗っていない洗濯物。 「あ…」 一瞬止めようと思ったが、観察してみるとけっこうちゃんと洗っている。 なまじの人間がやるよりもうまいかもしれない。 (使い魔って、こんなこともできるんだ……) 魔法の薄気味悪さ……もとい、便利を改めて知った気のするシャーリーだった。 「はあ……」 洗濯を続行しながらため息をついていると、 ちゅうう。 シャーリーの肩でハツカネズミが鳴いた。 その不思議な行動から、これも使い魔のうちの一匹であろうと思われるが……。 時々シャーリーのもとに現れるこのネズミ、誰かの使い魔なのかシャーリーはまだわからない。 サイズと身軽さゆえか、シャーリーと一番接触の多い使い魔仲間の一人ならぬ一匹。 やがて。 アライグマの手伝い(?)もあって、洗濯は早めに終わった。 シャーリーが洗濯を終えて水汲み場を離れると、使い魔たちもすぐに散り散りになっていった。 集会が終わった後、ハツカネズミもまた本来の主のもとに戻っていた。 トリステイン魔法学院の本塔最上階・学院長室。 「おお、戻ったかモートソグニル」 ハツカネズミの主、オールド・オスマンは水キセルをくわえながら使い魔を迎えた。 ちゅうちゅう。 モートソグニルはちょろちょろと机を駆け登り、次いでオスマンの肩を駆け上がる。 「最近よう遊びにいくが、どこにいっとるんじゃね? あんまり一匹で遊びにいかれると寂しゅうていかん。気を許せる友達はお前だけじゃからな」 オスマンは冗談めかした言葉をつぶやきながら、使い魔の小さな鼻をつつく。 ちゅうちゅう。 ちゅうちゅう。 「ほう、新しい友達ができたとな? しかも若いメイド……」 ハツカネズミの鳴き声を聞きながら、オスマンは面白そうにうなずいた。 「ふむふむ。何となく気が惹かれると……。なに? 他の使い魔たちも? それは不思議じゃのう。しかし、そんなメイドがうちの学院におったかなあ? 十二、三歳の……はて」 オスマンはしばらく自慢の髭を弄っていたが、 「もしやミス・ヴァリエールの使い魔となった異国の少女かのう? ほう、やはり間違いないようじゃな。しかし、見たところ普通の少女としか思えんが………使い魔には特殊な力が備わることも多々あるからのう。もしや、それかもしれん」 ちゅうちゅう。 「わかった、わかった。別にその子をどうこうしたりはせんよ。なに……馬鹿モン! 誰がそんなことをするか! わしにそんな趣味はないわい! わしの趣味は素敵なヒップをしたオトナの女性じゃ。たとえば、ミス・ロングビルみたいな、のう」 むっほほ、とオスマンは笑った。 ちゅうう……。 呆れたような、そして疑うようなモートソグニルの鳴き声が、室内に小さく響いた。 昼食時。 ルイズが黙々と昼餉を取っている横で、シャーリーは給仕などを行っていた。 やたらと貴族であることを主張し、煙たがられるルイズであるが、食事をする様子は非常に綺麗なものだった。 作法がものすごくいいのだ。 ほとんど完璧といってもいい。 魔法が使えない分、より貴族らしくあろうという努力の賜物なのだろう。 そういった部分が、シャーリーにとっては好ましく映った。 やがて、食事が半分ほど終わった頃である。 「はぁい」 ひらひらと手を振りながら、シャーリーに近づいてきた者がいる。 なまめかしい褐色の肌と燃えるような赤い髪をした女。 キュルケだ。 「…………」 一瞬どう対応していいかわからず、シャーリーは曖昧に頭を下げた。 シャーリーは、彼女が苦手だった。 主人と部屋が隣同士ということで、よく顔をあわせるのだが、ルイズとことあるごとに喧嘩しているし、何より雰囲気が……。 貴族の生まれにふさわしく、確かに特有の気品はある。 しかし、その過剰なまでに色香を強調するスタイルは、貴族の令嬢というより高級娼婦か何かのようだ。 「あら、そんなに脅えないでよ?」 キュルケはふふと笑って、シャーリーを見つめる。 蕩けるような笑み。 普通の男であればたちまち主導権を奪われたであろうが、同性であるシャーリーには効果は薄い。 「良かったら、今度一緒にお茶でもしない?」 「え。あ、あの……」 シャーリーはあわてる。 この人は一体何を言っているんだ? 「ちょっと、キュルケ!? うちのシャーリーにチョッカイ出さないでくれる!?」 すぐさま、不快な表情を隠そうともせずルイズが割って入る。 「この子はねえ!? あんたみたいな淫乱女と違って、清楚で初心なんだから!!」 そんなルイズに、 (まるでお姉さん気取りねえ) キュルケは内心苦笑した。 確かに実年齢はルイズが上だろうが、体型的に両者にほとんど際はなく、同い年といっても通りそうだ。 精神年齢にいたっては、むしろシャーリーのほうが上かもしれない。 「大体シャーリーは女の子よ。声かける相手を間違えてるんじゃなくって?」 「あら、そんなことないわ。お姉さん、シャーリーとお話がしたいなあ」 キュルケはルイズの抗議などどこ吹く風。 シャーリーに近づくと、その指でついとシャーリーの顎を持ち上げる。 そのままキスにでも持っていきそうな雰囲気だ。 無論、雰囲気だけだが。 「あ、あの、な、なんで……」 シャーリーは緊張のあまり声をぶれさせる。 「ふふふ」 艶っぽく微笑み、キュルケはシャーリーを見る。 一見ただのメイド。 しかし、彼女には何か秘密がある、とキュルケは睨んでいる。 シャーリー自身も気づいていないかもしれない、何かが。 使い魔のフレイムが、どういうわけかこの少女になついている。 フレイムだけではない。 学院長のモートソグニルも、ギーシュのヴェルダンデも。 シャーリー自身はわかっていないのだろうが……。 こんなこと、普通はまずありえない。 そのわけを知りたいと思うのは、自然なことではないのか。 それが、あの『ゼロのルイズ』の使い魔であるなら、なおさらに。 「それはね……。興味が、あ・る・か・ら・に決まってるでしょ?」 息がかかりそうなほどに顔を近づけ、キュルケは言った。 恋という名のゲームで得てきた。相手を口説き落とすテクニックの一環。 だが。 この場合はそれが失策であったことを、キュルケはすぐに痛感させられることになる。 「あ、あんた……」 ルイズがものすごい眼でキュルケを見ている。 ドン引きしているといってもいい。 他の女子生徒たちも、 「まあ……」 「いやだ……」 ひそひそと囁き合う。 顔を赤らめて。 男子生徒も変な顔というか、何を想像しているんだとつっこみたい顔をしている。 幸いというべきか。 シャーリーはよくわかっておらず、きょとんとした顔つきだった。 (興味があるって、なんだろう……) しまった。 キュルケは後悔するがもう遅い。 「ええと、誤解のないよう言っておくけど……。そういう意味じゃないわよ?」 弁解したが、無駄だった。 ルイズは猛スピードで幼子を守る母のように、シャーリーをキュルケから引き離した。 「この色魔! シャーリーに何する気よ!!」 「ちょっと、誤解しないで…………私はね!?」 「誤解もヤスデもないわよーーー!!」 小さなメイドをめぐっての言い争い。 それは、ぱっと見には痴話喧嘩に見えなくもなかった。 数日後。 キュルケが同性愛に目覚めたらしいという噂が学院が流れることになる。 「まーったく! あのツェルプストーの女は何を考えてるのかしらねー!」 湯船から時折音が響く中、ルイズは呆れたように言った。 かぐわしい匂いが湯気と共にあふれる。 湯に張られた香水によるものだ。 大理石で作られたローマ風呂のごとき代物。 ルイズはその中でのびのびとくつろいでいた。 「あー。生きかえるわー……」 その近くでは、シャーリーが桶などを手に立っている。 いつものメイド服ではなく、濡れても構わない格好で。 貴族専用の風呂に、平民は入れない。 しかし、入浴・体を洗うのは手伝うのは別だ。 やがてルイズが湯船から上がると、その背中をシャーリーが洗い始める。 念入りに、丁寧に。 「ねえ」 不意にルイズは言った。 「今日、キュルケに変なこと言われちゃったけど……。あんたは、そのないの?」 「……え?」 「だから、恋をしたこととか」 「……いえ」 かすかに頬を赤らめ、シャーリーは否定した。 「そう」 しばらく無言。 「私も、ないわ。小さな頃に憧れてた人はいたけど……あれは、恋とまでは言えないなあ、多分」 ふうとルイズは溜め息をつく。 社交界でも、この学院に入ってからも、ゼロだゼロだと馬鹿にされ、ボーイフレンドはおろか、友人さえできなかった。 もっともそれは攻撃的なルイズの気性が原因ではあるのだが。 唯一話す相手は、忌々しいことにあの仇敵たるツェルプストー家のキュルケくらいだ。 ふと、ルイズは想像してみた。 もしも、召喚した相手が女の子ではなく、男の子だったら? シャーリーの男の子版を想像してみる。 うん、これもなかなか悪くないかもしれない。 魔法は使えない。 護衛もできない。 でも、自分を馬鹿にすることなく、一生懸命仕えてくれるけなげな働き者。 悪くはないじゃないか。 しかし―― ルイズの脳裡には何故か。 やたらに無礼で反抗的、おまけに他の女にデレデレするわ、主人に夜這いをかけるわというトンデモネー少年の姿が浮かび上がった。 ぶるぶるぶるぶる。 冗談じゃあない! 何でそんなやつを使い魔にせんといかんのだ。 ルイズは妄想を振り払うように首を振った。 そんな主人を、シャーリーは不思議そうに見ていた。 前ページ次ページゼロの使い魔はメイド
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7445.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 『土くれ』のフーケ……。 今やトリステインに住まう貴族達の間では、畏怖と憤激を込めてその名を囁 かれるメイジの盗賊である。 正体は元より、性別も経歴も不明。 その手口としては、強力な『錬金』の魔術を駆使し、防犯対策として予め施さ れた『固定化』の魔術……経年劣化ないし酸化や腐敗による物体の破損を防止 する特性を持つ……をも無力化せしめ、それが掛かった壁や扉を只の土へと還 し侵入するという物であり、其れゆえの二つ名である。 そして一度、目的の場へと侵入すれば各々の貴族等が所蔵する至宝や逸品の悉く を掠め取り、盗み出すのみならず、時には下手な城郭程の高さを持つ巨大ゴーレム を伴い目的の物を強奪し、駈け付けた治安組織の追っ手をも軽くあしらい、蹴散ら してのけるという傍若無人ぶりを阻む者は無く、被害者の数と被害総額は日々、 右肩上がりを続けていく……。といった有様である。 そして……今、フーケが新たに獲物と見なした物とは……。 国内外の貴族の子弟が通う、名門と名高いトリステイン魔法学院が収蔵し、珍品 名品問わず存在する幾多のマジックアイテムの中でも一際変わった品と言わ れる、『破壊の杖』であった。 名と出自を騙り、まんまと内部に潜り込む事に成功した後。表向きは忠実かつ 優秀な秘書・職員として学院に溶け込み。 自身の羞恥心と忍耐を鑢で削り取らんばかりに繰り返される、直接の上司からの セクハラにも堪えつつ学院内の教員等に取り入り、学院の建物の間取りや警備の 配置や数等を調べ上げ、機を見ては仕事に託けて目的のモノが保管されている 宝物庫にも探りを入れる。 ……これまでの自分の常套手段を全く寄せ付けない、堅固な守りを持つ宝物庫 に手をつかねていたが、つい先日、知己である教員の一人が洩らした『構造上 の欠点』を知りえた事が状況を変えた。 ――即ち。外部からの魔法による干渉はまず不可能と云えるが、しかしながら 大質量物による直接的な衝撃・負荷が加わった場合の対策までは考慮されてはいない……。 ――との情報を聞き出すや、遂にフーケは人畜無害を装って幾重にも被ってい た毛皮を剥ぎ取り、行動に移った。 宵闇に紛れ、宝物庫が置かれている学院の本塔へと忍び寄ると、迅速に『仕事』 に取り掛かる筈が、二つの想定外の事態に出くわす事になった。 ……一つは『直接的な物理的衝撃には弱い』とはいえど、壁自体の厚みが相当 なモノであり、自慢のゴーレムの力を持ってしても突破出来ない事。 今一つは……、複数の人間が本塔のすぐ下にある中庭に現れた事だが、それに は若干の事情が存在した。 ――当人らにとっては真剣だろうが、第三者から見れば真に無意味かつ傍迷惑。 幼稚さも此処に極まれリないざこざに因る物とはいえ。 時間は少し遡る……。 ゴタゴタの大本は、学院生寮の一室。 街での買い物から帰ったその晩。ルイズの部屋を招かれざる客人が訪れ、そこ から騒ぎは一気に沸点に達した。 部屋で睨み合うのはルイズとキュルケの二人。キュルケのオマケといえるタバ サは我関せずとばかりにベッドに腰掛け本を広げており。龍麻は龍麻で、部屋 の隅にて結跏趺坐を組み、静かに 氣 を錬っていた。 「どういう意味? ツェルプストー」 精一杯胸を張り、両手を腰に当てた姿勢で不倶戴天の敵に向かい、ルイズは先 制のジャブを繰り出す。 「だから、ヒユウに相応しい剣を手に入れたから、そっち使いなさいって言って るのよ」放たれたソレを柳に風と受け流したキュルケは、艶然たる笑みを自身の 情熱の対象へと向ける。 彼女が言うところの相応しい剣とやらは、言うまでも無く件の武器屋にあった、 ゲルマニア謹製の派手な大剣である。 「おあいにくさま。使い魔の使う道具なら間に合ってるの。ねえ、ヒユウ」 水を向けられた龍麻は、姿勢を保ったまま目を開けると、二人を見やる。 「そうだな。アンタから物を貰うような理由はないし、それを欲しいとも思わ ない。悪いが、そのまま持って帰ってくれ」 声や表情にも余分な感情を交えず、さらっと断る。 「だ、そうよツェルプストー。使う剣はもう、こいつにはあるんだし。例え麦 の一粒だってあんたからは恵んで貰いたくないわ!」 まず、壁に立て掛けられている剣を指差すと、ついでにこれが言いたかったと ばかりに大声を張り上げる。 「あら。そんなサビサビのボロボロの剣なんかより、使うならこの綺麗な方が いいに決まってるじゃない。……ねえ、いくらご主人様といっても、そこまで 義理立てしなくてもいいのよ?これは、あなたの為に用立てたのだから」 やはり剣を見たキュルケだが、鼻先で笑うと熱っぽい流し目を向けつつ、甘え かかる様な口調で龍麻に語りかける。 「わかるでしょ? 剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ? トリステイ ンの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くて、ヒステリー で、プライドばかり高くって、どうしようも無いんだから」 ……その一言毎に湯気の如く吹き上がる怒気、突き刺さる毒針の様な視線の 元は言うまでも無い、が。 龍麻をうんざりさせるのは、そういった負の感情の矛先はキュルケだけでは無く、 自分の方にも向けられているっぽいという点にある。 話がややこしくなる前に今一度、龍麻が断り文句を口にしようとしたその時。 「へ、へんだ。あんたなんかただの色ボケじゃない! なあに? ゲルマニア で男を漁り過ぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学してきた んでしょ?」 「―――言ってくれるわね。ヴァリエール……」 澄ましたような表情とは裏腹にルイズの声は震えており、相当アタマに来て いるようだが、声の形をした悪意という名の『爆弾』をぶつけられた、キュ ルケの方とて負けず劣らずである。 ……実際、その目元や口元からは笑みは消え失せ、その身には抑え切れない 憤怒の気配を漂わせている。 「なによ。ホントの事でしょう?」 尚も挑発気味に言い放つ、ルイズの声が交戦開始の合図となる……筈だった が、それより速く動いたのは傍観者その一こと、タバサであった。 本に目を落としたまま、手にした杖を振り魔術を発動させる。 俄かに捲き起こった旋風が、睨み合う両者の手から杖を弾き飛ばした。 「室内」 抑揚の無い声で短く告げる……が、それは仲裁等ではなく、単に部屋の中で 戦り合うのは危ないという事を指摘したに留まる。 実際、一旦火の付いた導火線はなかなか消せないモノであり。 「そろそろ、決着を付けませんこと?」 「そうね」 「あたしね、あんたの事、大っ嫌いなのよ」 「わたしもよ」 「気が合うわね」 交互に口を開く度、室温が急低下して行く様な感覚。 剣呑極まる雰囲気の中で、殺気に昇華される寸前の怒気を声に乗せ、同時に 二人は吠えた。 「「決闘よ!!」」 「阿呆らし」 一部始終を目の当たりにし、昨晩の痴話喧嘩にも劣る余りのしょうもなさに 呆れる気すら失せたとはいえ、龍麻はそう呟かずには居られなかった。 しかし、今にも取っ組み合いを始めそうな程にいきり立つ二人が聞いてる訳も無く。 「もちろん、魔法でよ?」 キュルケの一言に、ルイズは一瞬たじろぐも、即座に言い返す。 「ええ。望む所よ」 「いいの? ゼロのルイズ。魔法で決闘で、大丈夫なの?」 端から相手を呑んで掛かった様な口調でキュルケが言い放つ。 その、あからさまな挑発を前にルイズは反射的に頷くも、内心歯噛みし、怯み を自覚せずにはおれなかった。 ――相手は若年ながら、既にトライアングル級。片や自分は、何をしてもモノ にならず、ただ爆発させるだけのドットともいえない『ゼロ』。 実力差は――歴然。 自信なぞ、有る訳も無い。 ――それでも、やらねばならない。 積年の因縁を持つ、ツェルプストー家の人間に挑まれたというのに、ヴァリ エールの血に繋がる自分が何もせずに引き下がり、負けを認めるなぞ出来よ う筈が無い。 ――舐められてなるものか。 ――自分は貴族だ。 ――受け継ぐべき名と、伝えられし勲(いさおし)を汚しはしない。 ――『ゼロ』がなんだ! きっと勝ってみせる……! その思い込みと衝動“だけ”を糧に、只々、感情の赴くままに腹の底から声 を搾り出す。 「もちろんよ! 誰が負けるもんですか!!」 ――そして。龍麻は、いつもの洗濯仕事をする水汲み場にいた。 『決闘』に向かう面々には同行しないと言うなり、ルイズは『勝手な事するな』 と難詰してきたが、ここで制止した所で両者共に聞き入れる筈も無く、止める べき理由も無い。 大体、決闘とやらに踏み切る程に話を拗らせたのは、キュルケの体面に泥を塗 ったルイズの言葉が原因であり、非は完全にルイズの側にあると、龍麻は受け止 めている。 そもそも他人を貶め、嘲ったりすればそのしっぺ返しは、確実に倍になって返って くるのが世の常な訳で。 あれだけの言葉を口にしたからには、負けた後笑われようが、何らかの条件を突きつ けられたとしても仕方ない。発言に伴う責任等を当人が背負うのは当然の理である。 耳をつんざく罵声を背にさっさとその場から立ち去ると、それからはもう月明かり を頼りに、デルフリンガーにこびりついた汚れを落とすのに専心していた。 鞘から抜き出すや、お喋りを始める自称相棒に釘を刺し黙らせるが、それと同時に 左手に有る例の紋章が輝きだす。 ――持ち込んだ武器の手入れをする際に決まって起こる状況であり、そうなる事で 自身が駆使する『氣』とは異なる、別種の 力 が満ち潮の如く瞬時に躯の裡を 満たし、渦巻くのを実感しつつ、思考を巡らす。 (やっぱり、か……。この現象は、単に『使い魔のルーン』なんてモノで説明がつく ような代物じゃありえないぞ。一体、こいつの正体は何なんだ……?) 脳裏に浮かぶ疑問と違和感を改めて自覚しつつ、ひたすら手だけを動かす事に努めていた所へ。 彼方にて轟く、遠雷を思わせる重々しさを含んだ低音が大気を震わせ、伝播する。 「やっぱりやったか……」 一旦手を止め、立ち上がって目を凝らせば、二色の月を背後にタバサが騎乗る 風竜が上空を遊弋する姿と、そして学院の中央に聳え立つ主塔の中程から、 うっすらと煙が上がるのが認められた。 「さて、続き続き」 口内で呟き、踵を返そうとしたその時。龍麻は今の自分が正気か否か、真剣に 疑いたくなる様なモノを目の当たりにした。 「………………。今日は、四月一日じゃないよな?」 ――それは僥倖と言う他、なかっただろう。 近寄って来る複数の人の気配を感じ、素早く身を隠し息を殺して状況を見守る フーケの前に現れたのは、学院(ここ)の女子生徒である。 此処に来る迄に何やらいざこざが有ったのか、睨み合いと言い争いを繰り返し、 果ては学院の塔から吊り下げた小さい板切れをどっちが撃ち落すか等と言う、 子供じみた競争を始めると来た。 それはいい。いや、良くは無いが兎に角、さっさと終らせて何処へなりと行け ばいい……と、近くの植え込みの陰から舌打ちしたくなる気分を堪えながら、 フーケはじっと様子を伺っていた。 ……そうこうする内に邪魔者達が始めた『勝負』だが、そこで起こった事は フーケにとっても全くの予想外だった。 唱えていた魔法は、詠唱の内容からして『火』の魔法の基本たる、『ファイ ヤーボール』である。 確かに呪文は完成し、発動した。 だが……、出る筈の火弾は現れず、何故か目標にした木片の後ろの壁がいき おい破裂し、派手な爆音と煙に破片までも飛び散らせる。 しかもそれで、自分の『錬金』すら受け付けなかったあの壁に、深々と亀裂 を入れたのだ。 その、始めて見た魔法の効果に驚き怪しみはしたフーケであったが、予定外 に次ぐ予定外の出来事に便乗すべく、素早く思考を切り替える。 杖を取り出し、意識を集中。 早口で紡ぐ呪の一言一言に己が意識と気力を注ぎ込み、『力有る言葉』と して組み上げ、形とする。 長い詠唱を済ませ、杖を振る。 其れにより、此れまでの自分の『仕事』を成功させてきた最大の“切り札” が急速にその形を現す。 深く被ったフードの下で、フーケはその整った面立ちにこの仕事が成功した 将来(さき)にもたらされる利潤と、地団駄を踏む貴族共の姿を想像し、 我知らず笑みを浮かべていた。 「残念ね! ヴァリエール!」 宵闇の宙にそんな、甲高い笑い声が響き渡る。 勝負自体はあっさりと、当初の予想を覆す事無く終った。 先に的を狙ったルイズの魔法は、あらぬ方を爆発させたに止まり、続けて キュルケの放った火球は狙い過たず、的である板切れを焼き落とす。 落胆も露に項垂れ、地面に座り込む敗者と満面の笑みでそっくり返る勝者。 なにかと気に喰わない相手をやり込めて、勝利の余韻に浸るキュルケであっ たが、それはそう長く続かなかった。 ふっ、と不意に自分の周りが何かの影に入ったかの様に暗くなる。 「……?」 不審に思い、振り向いた瞬間。それまでの余裕の笑いは消し飛び、恥も外聞 も無い悲鳴が飛び出す。 ……まあ、全高が軽く数十メイルを超えるサイズの巨大ゴーレムが突如、眼前 に現れ自分の方へと向かって来たなら驚き逃げたくなるのが人の常であり、 此れをもって臆病だなんだと他人が嗤うのは、公平を欠くと言う物だろう。 慌てに慌て、泡を食って逃げ出すキュルケ。 驚いたのはその辺で凹んでいたルイズも同じだが、こっちは逃げ出すので はなく突然の事にただ唖然とし、巨大ゴーレムが塔の外壁を殴り付けるのを 眺めていた所へ。 「おい! 何処に居るんだ!? 返事しろ!」 闇の向こうからの声に振り返れば、身勝手な不忠者の遅刻野郎が今更の様に 走ってくるではないか。 「あ、あんたねぇ……! 今までどこで遊んでたのよ、このグズ! ごくつぶし!」 驚きから立ち直るや開口一番、悪罵が飛ぶがそんな瑣末事に逐一反応しない。 「なんと言おうがいいけどな、それより何なんだ奴は? 何だってあんなデ カブツがこんな所に現れる?」 「わたしにもわかんないわよ! ……けど、あんな大きい土ゴーレムを操れる なんて、トライアングル級のメイジに間違いないわ」 「ンな事まで出来るのか……! ――全く、インチキってレベルじゃないぞ」 ……中層ビルに相当するサイズの物体が自在に移動するだけでも驚異だが、 あまつさえそれが人型を取った上に、人間とそう変わらない動きを行うのである。 等身大を超える、二足歩行ロボットの成立と実用化を困難たらしめている法則 の存在を、真っ向から無視している。 ちょうどそこで一際デカイ音が響き、ゴーレムの拳によって壁の一部が砕かれ、 穴が開くのが見えた。 「なにが狙いか知らんが、とりあえず当番の警備兵なり、教師に連絡しないと 拙いだろ」 取りあえず、妥当な方策を龍麻が口にした時。 「何いってんのよ! わたしたちの学院に出た狼藉者よ、ここの生徒たるわた したちが取り押さえなくて誰がやるのよ!!」 予想通りといえば予想通りのルイズの声に、龍麻は勘弁してくれといいたげな 顔をする。 「……あのな。それをする為に此処の教師や衛兵が給料貰って仕事してんだろ。 そいつ等にまかせときゃいい。ド素人が先走って横から口や手を出しても、ロク な事になら……ん?」 龍麻が言葉を途中で切ったのは、ゴーレムの肩辺りに突っ立っていた黒のロー ブで全身を覆った不審者が、腕を伝って先程開いた穴へと滑り込むのを見て取 ったからだ。 「って、誰か中に潜りこみやがっ……」 その語尾を掻き消すかのように、鈍い爆発音が重なった。 腕をめりこませたままのゴーレムの肩口が煙に包まれ、幾らかの土が剥離している。 何者の仕業かは考えるまでも無く、 「なにグズグズしてるのよ! ほら、あんたもやんなさい! ご主人様に従う のが使い魔なんでしょ!!」 奴に向かい、杖を突きつけているルイズが吠える。 「ええぃ畜生! “また”このパターンかっ!!」 あくまで本人は無関係であり、ましてや事態の原因でも無く、何より責任を求 められる筋でもないのに周りの人間が勝手にやらかした事の後始末をやらざる を得ないという、自分が持っているっぽい巻き込まれ体質を心底怨みつつ、 龍麻も精神を戦闘態勢に切り替える。 ――ルイズの爆発魔術と龍麻が放つ氣弾は、ゴーレムに命中し続けるも一撃で 擱坐・行動不能とするには至らず、建物内から戻ってきた不審者を再度肩に 乗せたゴーレムが動き出すと、どうにも止めようが無い。 「畜生め……。的がデカいのもあるが、何よりも火力が足りん。手詰まりだ」 十発近い『掌底・発剄』を撃ち付けるも、取り立てて目に見えた効果は現れず、 部屋に置きっぱなしの道具類があればと、思わず龍麻は舌打ちをする。 「この、逃がすもんですか……! タバサ! 降りてきてちょうだい!」 二人に遅れて、風竜に乗ったまま上空から間欠的に『風』の魔術を放ってい たタバサに向かい、ルイズが力一杯叫ぶ。 声が届いたか、けたたましい羽音を伴い風竜が着地すると、タバサが何用 なの? と言いたげな視線を向けてくる。 「お願い! わたしたちを乗せて、あいつを追いかけてほしいのよ!」 「――まあ、こうも言ってるし、一方的な頼みを押し付けるようで本当に 申し訳ないんだが、この場は協力して貰えないだろうか?」 ルイズの横で、龍麻も軽くだが頭を下げて頼み込む。 暫し、タバサは二人の顔を交互に見やった後、 「乗って」 そう促され、礼もそこそこに風竜に乗り込み、その客となる二人。 既に学院の敷地を出て、無人の野を行くゴーレムを空から追走する。 「そういや……。奴が潜り込んだ場所には、何があるっていうんだ?」 眼下にゴーレムを見下ろしつつ、龍麻が独り言に近い呟きを洩らすのに、 宝物庫と、短くタバサが応じる。 「あの黒ローブのメイジ、壁の穴から出て来た時に、何かを握ってたみたい だけど……」 「強盗か。にしてもえらく荒っぽいやり口だな。よっぽど自信があるのか、 よっぽど馬鹿なのか、よっぽど相手を舐めてるのか……」 思い出したようにルイズが言うのを聞き龍麻がごちていた所、我が物顔で 闊歩していたゴーレムが、不意にその動きを止めた。 辺りは一面、見晴らしの良いただっ広い平原である。 「止まったか……。しかし、こんな何もない場所で観念した訳でもあるま いし、何故だ?」 意図を図れず、龍麻はつい疑問を口にし、そのまま上空から様子を窺う一行 の目の前でゴーレムの全身が俄かに震えるや、見る間に人型の形を失い、四肢 は元より全体が完全に瓦解し、只の土砂の山と化すまでほんの十何秒である。 ――それから暫く、一行は地上に降り立つと元ゴーレムだった特大土まんじゅ う並びに、それを操っていただろうメイジの捜索を行うもなんら手掛かりらしき ものは得られずに終わり。 更にそこから徒労感だけを手土産に、学院へと帰還した三人が見たのは事が済 んでから騒ぎ出した学院関係者ご一同の姿と、被害にあった宝物庫に残された 『置き土産』から襲撃者の正体は例の『土くれ』であり、保管されていた秘宝 の一つである『破壊の杖』が奪われたという事を知るに至る。 前ページ次ページゼロの使い魔人